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褪ロラ
3


 「ちょっと待ってて」

 そう言い残して踵を返したアキくんが、扉の向こうに消えた。いくらも経たないうちに戻ってきたその手には、水で濡らしたタオルが握られていた。そっとロヴィに手渡して、何か言いたげにその横顔をしばし見詰めた。そして、結局何も言わずに僕の隣に座った。
 多分、他に座る場所がなかったから。

 「まずは、……お前らの仲間に何が起きたか、でいいか」


 ***


 「……シャロンさんが、”影”になった?」

 それはとても衝撃的で、にわかには信じられない話だった。

 「ああ。昨夜のでかい蛇型の、あれがそうだろう」
 「そんな、だって、シャロンさんはあの蛇に……」

 言いかけて、僕はアキくんをちらりと盗み見た。押し黙って、じっと左手の指先を見詰めている。奇妙なほどに静かだった。
 ロヴィが目隠しになっていたお陰で、彼がその瞬間を目撃することはなかった。”影”を感知できないアキくんには、あの時の何もかもが突然の出来事で、きっと今も一番混乱しているはずだろうに。

 「正確に言うなら、”影”になったのは本人じゃなくて、武器だ」
 「武器……?」
 「察してるかもしれないが、これはただの戦いの道具じゃない。……その時が来ると粉々に割れて、中から噴き出した黒い靄から”影”が生まれる」

 軽く開いたエルドさんの右手に、黒い靄が集まって、次第に一つの形を取っていく。なるほどその行程は確かに昨夜見た光景と似通っていた。ひび割れたシャロンさんの武器。溢れ出した黒い靄。渦を巻き、再び集まって、形を成したのがあの蛇だった。

 「持ち主の体は……、死んじゃあいないが似たような状態になる。……抜け殻みたいにな」

 そこでエルドさんは言葉を切って、ソファに沈み込んでいるロヴィを振り返った。目を凝らすと、ロヴィの右手が彼の上着の裾を僅かに引っ張っていた。

 「……チェンジ」
 「……つらくなったら言うんだぞ」

 タオルを額に当てて薄目を開けながら、ロヴィはほんの少しだけ頷いた。




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あきゅろす。
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