褪ロラ
2
今一番デリケートであろう話題をさらりと口にした青年に、アキくんは絶句する。視界に入れるのも不愉快だとばかりに視線を外して、代わりに僕を見た。
「君が入れたの? この人誰? 何なの?」
アキくんの刺々しい剣幕の矛先が僕にも向けられる。呆れられて、溜め息を吐かれたことは何度もあったけれど、ここまで露骨に苛立ちや嫌悪を隠さない態度を取られるのは初めてだった。思わずたじろいでしまう。
「えっと、この人は多分、あの後僕たちを助けてくれて……」
「――は? 助けた……?」
言い切る前に、苛立ったように聞き返された。
だめだ。今の彼には何を言っても責められる気がする。
僕は肩を竦めて、すごすごと小さくなった。
「偶然通りかかったんだよ。大物の気配がして、嫌な予感がしたから駆け付けてみれば、そこら一面真っ黒になってた。動けるのはこいつだけで、お前もロヴィもぶっ倒れてた。”影”から逃げながらなんとかここまで運んで、少し横になってたらこの時間だ」
エルドと名乗った青年が、僕の言葉を引き継いで言った。端的な説明に、アキくんは足元の床板に目を落とした。考え込むような数秒の間の後、ぽつりと口を開いた。
「何が起きたの」
「それは……」
「……待った」
掠れがちな制止の声に、僕たちは一斉に顔を上げた。
いつにも増して蒼白な顔をしたロヴィが、戸口に立っていた。どこか虚ろな瞳がうろうろと中空を彷徨って、すぐそばに立つアキくんに止まった。
「……どうしたの。具合、悪いの?」
「いや……、へーき」
言葉とは裏腹に頼りない足取りで部屋の中に入って来ようとして、ロヴィは案の定躓いた。あっと思う間もなくその体は傾いて、しかしすかさず待ち構えていたエルドさんの腕の中にぼてっと収まった。
「こら馬鹿。無理するなよ。熱、下がってないんだろ」
「っ、おい……」
エルドさんはロヴィの額に手を当てて言った。もつれる足元を見て、腰を固定するとそのまま抱え上げた。暴れようともがく手が、力なく縋るものに変わる。
軽々とソファに降ろされたロヴィは、背凭れに深く体重を預けて、苦しげに息を吐き出した。鬱陶しそうにエルドさんの腕をどけると、銀の瞳がアキくんを見て、僕を見た。
「ちゃんと、話すから……。おれの話、聞いてくれ」
「待て。俺から説明できることは、先に俺がする」
「な……」
「しゃべるの、つらいだろ。もし間違ってたら言ってくれ」
てきぱきと仕切られていく場に、アキくんは面白くなさそうに目を眇めていた。
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