褪ロラ
9
もう駄目だと思った瞬間、靄を切り裂くような強い風が吹いた。
しゃがみ込んだ僕の体が傾ぐほどの風圧が、髪を、服の裾を激しくはためかせる。何事かと身を起こして辺りを見回せば、薄くなった黒い靄の向こうに背の高い青年の姿があった。血のように赤い瞳が、薄闇の中に爛々と輝きを放っている。手にしているのは、大振りの刀。刀身はやはり黒く塗り潰されており、その青年もまた僕たちの同類であると知る。僕はにわかに安心して、膝から崩れ落ちそうになった。シャロンさんがいなくなって、ロヴィも様子がおかしかった。誰もいなくては、僕一人では、何もできないから。
青年の赤い瞳が真っ直ぐに僕を認める。眉間に皺を寄せた険しい表情で、彼は言った。
「おい、お前はまだ動けるか!?」
「……は、い」
渦巻く靄の中心で、アキくんとロヴィは折り重なって倒れていた。
二人の元に駆け寄った男はロヴィを抱き起こして左肩に担ぐと、次いでアキくんを小脇に抱えた。
「この小さい方、頼む」
意識のないアキくんを呆然とする僕の体に凭せかけると、彼は右手に黒い大太刀を握り直した。対峙する先には、あの蛇型の”影”がいる。もう地面に頭を打ち付けてはいない。僕らのことも見てはいなかった。なぜか途方に暮れたように、ただずるずると巨体を引き摺って無意味に地面を這いずっていた。
「お前ら、拠点は?」
「えっと……。た、確か、第五支部」
「第五って……、じゃあ、あれは……」
「…………?」
意味の分からないことを言って、青年はロヴィの体を抱え直す。
「いいか、こいつは俺が何とかするから、お前はそのまま支部に戻れ」
「えっ……、でも」
「わかってる。後で俺もそっちに行く。でも、とにかく今は早くここを離れてくれ」
――三人守りながらってのは、さすがに厳しい。
僕たちがここにいては、彼の邪魔になるのだ。そうかと言って、僕には自分よりも重いロヴィを抱えることは出来ないし、だからアキくんだけでも連れて行けと。
「わ、わかり、ました」
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