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褪ロラ
1


 心地良い温もりと穏やかに揺られる感覚に、僕の意識はとろりと浮上した。

 「……あ、れ……?」
 「お。目、覚めたか?」

 聞き慣れない声にはっと顔を上げれば、思いの外近くにあった銀の瞳と視線がかち合った。見覚えはない。知らない人だ。慌てて身を起こそうとした腕が、足が、空を切る。

 「ちょっ……、こら馬鹿、人の上で暴れんなって……!」
 「……!!」

 もがく足を腿の辺りでがっちり固定され、漸く状況を把握した。どうやら僕は、彼に背負われた状態で眠りこけていたらしい。居たたまれないような、申し訳ないような、複雑な気分だ。

 「……えっと」
 「もう平気か? 降りる?」
 「あ……、うん」

 やっと足が地面を捉えた感触に、僕はほっと息を吐いた。
 改めて正面から見れば、その青年は黒髪に全身黒ずくめというやけに夜の闇に馴染む出で立ちをしていた。日焼けを知らないかのような生白い肌と、瞳の燻銀だけが闇の中に浮かび上がっていた。色という色がすっかり抜け落ちてしまった無彩色。それが、彼の最初の印象だった。
 思わずまじまじと見詰めてしまって、しかしそんな僕の不躾な視線に気分を害した風もなく、黒髪の青年はにっこりと笑みを浮かべた。見たところ僕よりもいくらか年上だろうが、笑うと顔つきが随分幼くなった。唇の合間から覗く尖った八重歯がそう思わせるのだろうか。

 「俺? 俺はロヴィ。お前は?」
 「……ヒロ」
 「ヒロ、な。……まあ、なんだ。これから色々と大変だけどさ、よろしくな」
 「? 大変って、何、が……」

 わざと意味を濁したような、はっきりしない言葉に首を傾げる。僕を真っ直ぐに見詰める銀の瞳に、微かに影が過ったような気がした。
 言葉の意味を問い返そうと口を開いて、途端、僕は息を詰めた。背筋に冷水を流し込まれたような悪寒と不快感が全身を廻り、ぎくりと体が硬直する。

 ――“それ”は、いつの間にかそこに立っていた。
 暗闇の中にあってさえも、圧倒的な黒。一切の光を逃がさないとばかりに吸収し、呑み込む、どこまでも深い黒。立体感も何もあったものではない。光の反射が全くない、のっぺりとしたその表面は、もはや人の目には平面的にしか捉えられない。身の丈は、僕よりも少し高いだろうか。”それ”は人の影法師そのものだった。




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あきゅろす。
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