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褪ロラ
8
 「……来たな」

 ロヴィがそう呟いたのと、僕が身震いしたのはほとんど同時だった。
 この感覚も一日振りだ。ぞろりと背筋を這う冷たさと、得体の知れない嫌悪感。

 「…………。なに、あれ……」

 僕にも、すぐにそれとわかった。遠目に見えるシルエットは、四本の脚でゆっくりと歩みを進め、少しずつ着実にこちらに向かってきていた。昨夜遭遇した”影”とは姿形が全く違う。それどころか、大きさも桁外れだ。二、いや三メートルはあるだろうか、巨躯を支える脚は太く逞しく、あんなもので薙ぎ払われたら人間などひとたまりもないだろうと思った。

 「うーん、……鼻が長くない象、ってとこか?」
 「……”影”って、動物みたいな形も取るんだ」
 「おーそっか、お前が最初見たのはヒト型だっけな。ありゃたまたま人の形してただけで、基本的にはなんでもアリだぞ。昨日お前に会う前に戦ったやつは馬っぽかったし……」

 ロヴィは僕を振り返ると、僅かに八重歯を見せていたずらな笑みを浮かべる。

 「人でも動物でもないやつもいるぜ?」
 「…………」

 僕からすぐに視線を外すと、ロヴィは上ってきた梯子から下に向かって声を張った。

 「シャロン! 来たぞ、外からだ! ……、おっけー。じゃ、打ち合わせ通りに頼むぜ!」

 そしてあろうことか、梯子を無視してひらりと飛び降りた。ぎょっとして、僕も慌ててその姿を追いかける。上から見下ろした黒髪は平然と真下の通路に着地し、更に僕の胸ほどの高さの柵を片手で乗り越え、コンクリートの硬い床に飛び降りた。なるほど、足首や膝などの関節を使って、上手く衝撃を逃がしているようだ。僕にはまるで真似できない芸当だった。


 **********

 ここに来るまでの道中で聞かされた、ざっくりとした作戦は次の通りだ。まずシャロンさんが遠距離からの射撃で、予めできるだけ敵の戦力を削いでおく。”影”が近付いてきてからはロヴィが主力で、シャロンさんは援護に回ると同時に周囲に対する哨戒も行う。
 僕は危ないからという理由で、ロヴィのそばについて行くことは出来なかった。本音を言うなら、僕は未だにシャロンさんという人にどう接すればいいか把握できていないところがあるので、彼と二人きりになるような事態は避けたかったのだけれど、命の危険を引き合いに出されては迷うべくもなかった。
 比較的離れた場所(今回は上部通路の中央付近だ)に身を隠すシャロンさんの隣でロヴィが”影”と戦う様子を見守りつつ、哨戒の役目を少しだけ肩代わりすること。それが今回僕に与えられた申し訳程度の役割だった。



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