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褪ロラ
9


「って、んなことより、あいつは!?」

 僕と違ってロヴィは、この場所の異様さすらもさして気にならないらしい。
 なんて、そんなことを疑問に思っていたからか、

「あいつっていうのは……えっと、ミコトさんのこと? それとも――」

 僕はつい、口走ってしまった。

「――カルロくんの、っ!?」

 そして、最後まで口にすることもかなわなかった。
 この暗がりでも見えているのか、それとも視覚に頼るまでもなく気配でわかるのか、僕は突然胸倉を掴まれて床に引き倒されていた。

「……今、何つった」

 真上から降って来るロヴィの声は、低く掠れていて、ついさっきも酷く似通った調子の「失せろ」を聞いたばかりだなあと、ぼんやり思い出した。

「ロ、ヴィ……くる、し……」
「なんで……なんで、お前が、あいつの……っ、!」

 はっと息を呑むような間が開いて、ぎりぎりと締め付ける腕の力が強くなる。

「あの、野郎……!!」

 何かを察したらしい。声はさらに低くなった。こんなに低いきみの声を、僕は初めて聞いたよ。

「何、吹き込まれた」
「な、に、って……。ぅ、ぐ……」

 こんなに締め上げられたら、話したくても話せないじゃないか。そう伝えたいのに、ロヴィの顔すら見えないのでは、それすらも伝える手段がない。

「何を吹き込まれた!?」
「きみに、伝えてって、言われた……」

 辛うじて、それだけを口にする。

「――な、にを」

 自分で聞いたくせに、ロヴィはそれを聞くのを怖がるように怯んだ。

「も、すぐ……会える、って……」
「…………!」

 目を見開いて、動揺している様子が気配で伝わって来る。それくらいには、僕もロヴィを知っている。
 緩んだ両手を、僕はそっと取って、上体を起こした。圧迫された喉の調子を取り戻すように、けほ、と少しだけ咳き込んだ。

「今、何がどうなってんだ……? 俺が寝てる間に何が……」
「大丈夫。まだ、誰にも言ってない」

 何が大丈夫なのか、僕にもよくわかっていないけれど。

「誰もきみに、酷いことは言わないから」

 少しでも、安心してほしかった。――大丈夫、だから。

「……聞いたのか」
「……うん。多分、全部」

 そう。全部、聞いた。

「…………最低、だろ」
「……それは……」

 ふつりと、緊張の糸が切れたように、ロヴィは力なく呟く。

「みんな、ありがとうって言うんだ……。すげえ笑顔でさ、ほんとに、感謝してくれんだよ。嬉しくて堪んねえって顔してさ……」

 そうだよ。みんなきみに感謝してるんだ。
 
「でも、俺……。俺は、おまえらのために、でも、おまえらのこと、誰よりも……」
「…………」 
「もうわけわかんねえんだ……っ、俺は誰のために、こんなこと……、誰が大事で、誰を呪って……」

 痛切な声に、僕はどうしていいかわからなくなる。
 けれど、僕の知りたかったロヴィは、聞きたかった彼の言葉は、これなのではないか。
 これは、紛れもない「本音」だ。虚飾の笑顔で塗り固めた救世主ではなく、年相応の、まだ幼さを残す「ロヴィ」という一人の少年の、生の声だ。

「なんで、こんな……っ」

 不安定に揺れる声音に引き摺られて、僕まで揺らぎそうになる。
 暗がりで、表情が見えないのがもどかしかった。

「……なあ、俺、どうすればよかった? 何が間違ってた?」
「……それ、は」
「教えてくれよ……」
「ロヴィ……」
「もう、やだ……。もう、全部、おわりに……」

 縋りつく腕に応えようと、僕もまた彼の背に腕を回した。

「ぼ……僕、が……。じゃあ、僕がなんとかするから……してみせるから、だから……っ」

 そんな、悲しそうな声で――。

「……っ」

 途端、弾かれたように、ロヴィが身じろぎした。
 ぐっと腕に力が込められて、強く肩を押し返された。
 それは紛れもない、拒絶だった。

「――は、おまえだって、まんまと騙されてたくせに。俺が今まで、おまえにどんな呪いをかけて来たか教えてやろうか? 何にも知らずに、『きみの力になりたい』とか、笑っちまうよなあ?」
「…………」

 それには答えずに、答えられずに、僕は初めてロヴィの言葉を無視した。




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