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褪ロラ
18


 「こん、の――クソがあああああああ!!」

 床を蹴り、壁を蹴って、”影”の頭上へ。
 三点跳びの要領で跳び上がったロヴィが、体を反転させながら、今日何度目かの突撃を試みる。
 自由落下の加速度さえ味方につけた、その渾身の一撃が、
 ――やはり、今日何度目かの返り討ちに遭っていた。
 ガギィン、と耳障りな擦過音が響いて、

 「あーいってえ!! こいつ硬ぇ! いっちいち手ぇ痺れるし! いてえし! ――おまえ、そんなに俺のこと嫌いなのかよ!?」

 めちゃめちゃに喚いて怒鳴りながら、いつしかロヴィも、シャロンさんに向けて恨み言を口にしていた。跳ね返ってきた衝撃に痺れる左手をぶらぶらと振って忌々しげな舌打ちを一つ。
 そして、その矛先は僕にも向いた。
 僕に指先を突き付けたロヴィが、きっと視線を鋭くする。

 「つーか! おまえ何ぼーっと見てんだよ!? 戦えんだろ!? 手伝えよ!」
 「はっ……! ご、ごめん、ちょっと、いろいろショックで……」

 そんなやり取りの間に、アキくんがゆるりと立ち上がる。
 立ち上がった拍子に、再びごぼりと血を吐き出して、ひとしきり咳き込む。

 「っ、大、丈夫。一人で出来る」
 「でも、」
 「信じて」
 「…………」

 乞われて、エルドさんは、手を放した。
 ロヴィは振り向かず、血塗れのアキくんの姿を、強いて目に入れないようにしていた。

 「俺は、『あれ』を、倒さなきゃ……」

 そう言うアキくんは、何か吹っ切れたような清々しい顔をしていた。
 思い返せば、大人びた彼の時折垣間見える年相応の表情は、いつだってシャロンさんの前でだけ覗くものだった。
 再び相対した念願の黒い大蛇に、アキくんは子供のように喜んで見せ、しかし今その無邪気さはすっかり鳴りを潜めている。
 代わりにその瞳に満ちるのは、静謐な覚悟と決意に彩られた、金の煌めき。

 「俺はもう、大丈夫だから……。こんな姿になってまで、俺のことばっかり考えないでよ」

 僕たちの言葉は、”影”に届かない。
 けれど、せめてこの言葉だけは、どうか。

 「会いに来てくれて、嬉しかった。ありがとう」

 にっこりと柔らかいその笑顔は、たった一人に向けられる極上のそれ。

 「本当に、もう十分だから。……だから、終わりにしよう」

 悪い夢が、終わりを告げようとしていた。

 「……シャロン」

 腕を広げて、それを迎え入れる。
 大きく口を開け、牙を剥き出した蛇の頭が迫る。
 そのまま、ずぶりずぶりと、黒い牙がアキくんの左肩を貫いた。
 激痛が襲うはずの左腕を、無造作に持ち上げて、手のひらで”影”に触れる。
 さすがに力までは満足に入らないようで、その手は僅かに添えられるのみである。
 一方、まだ無事な右腕にいつしか握られていたのは、黒い細剣。
 くるりと手首を返して逆手に持ち変えると、アキくんはそれを大きく振り上げた。
 そして。
 切っ先を、抱きとめる蛇の頭に向けて、機械的に、真っ直ぐに振り下ろした。

 「―――――――」

 突き立った細剣は、刀身全てを蛇の頭に沈めていく。
 びくりと、蛇は総身を震わせた。
 深々と突き刺さった大蛇の牙が、アキくんの細い肩をも揺らす。

 「……ごめん。痛いよね。……ごめん。ごめん、なさい……」

 真っ赤な頬に大粒の涙を流して、アキくんはひたすらに謝り続けた。





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