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褪ロラ
10


 父と母、兄と弟。
 仲の良い、円満な四人家族。
 それが、エルドさんの家だった。
 けれど、幸せは少しずつ壊れていった。
 まるで、花弁が一枚ずつ散っていくように。

 きっかけは、お母さんだった。
 それは、黒屍病が本格的に流行するより少し前のこと。
 とある病気を患い、彼女は夕飯の支度中に倒れた。
 もともと、あまり体の強くない人だったそうで、
 治療の甲斐もなく、すぐに死んでしまった。
 夫であるエルドさんのお父さんは、医者だった。
 医者にとって、自分の妻を病気で死なせてしまうことは、どんなに悔しく無念なことだったろう。
 エルドさんたち兄弟にとっても、母親の存在は大きかった。
 そんな存在の突然の欠落は、どれほどの衝撃だったろう。

 彼女の死を契機に、全てが、おかしくなっていった。

 その直後に、世界中で黒屍病の未曽有の大流行を引き起こすことになる黒い靄は、人の願いや希望によって生み出されるものである。
 母であり妻を失った彼の生家は当時、黒い靄の吹き溜まりのような環境にあった。
 そんな場所に居続けては、黒屍病に罹患するのは時間の問題である。
 当然の結果として、弟はすぐに黒屍病を発症。症状はみるみるうちに進み、見ていられないほどに苦しみを訴え始めた。
 エルドさんもまた、黒屍病を発症するまでに多くの時間はかからなかった。

 「……病気になってから、ロヴィに助けられるまでのことが、俺たちに話せない内容?」
 「ああ。だから、その辺の詳しい事情は教えられない」
 「ふうん」

 嘘も誤魔化しもない、簡潔な回答に、アキくんは興味なさげに相槌を打った。

 「全っ然、記憶にねえ」

 むすりと、ロヴィは頬を膨らませていた。

 かつては父親が医学会の権威ということで、エルドさんの地位もまた組織内では確約されたものだったそうだが、諸事情によって(それも話せないことの一部らしい)現在の立場は非常に弱いものになっているらしい。
 マッケンゼンという件の大剣使いに、露骨に蔑視されていたのも、その辺りの事情が絡んでくるそうだ。

 「……お前らといると、弟が増えたみたいで楽しかった」

 思わず、といった風に自然に零れ落ちたそれは、きっとエルドさんの心からの言葉。
 根拠はないが、そんなことを思った。
 けれどそれに、何と答えるべきかは分からなかった。
 こんな時にいつも会話を弾ませてくれていたロヴィは、エルドさんに対する態度を硬化させたままで。

 「……俺は、あんたの弟じゃない」

 アキくんに至っては、背を向けたまま鼻で笑って冷たく吐き捨てた。






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あきゅろす。
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