褪ロラ
8
「――よし、あの野郎ぶん殴ってくる」
止めようと腰にしがみつく僕をものともせず、ずるずると引き摺りながら、ロヴィはエルドさんの前に立った。
応じるエルドさんはまた堂々とした態度で、
「嘘は言ってない」
と言い切った。
「あ?」
「お前と違って、な」
「…………」
腰に腕を回して密着していた僕だからこそ気付いた、微かな振動。
それは、ロヴィの小さな動揺だった。
ロヴィが動揺した、という事実に、僕もまた動揺した。
「図星か」
「……お前、俺の何を知ってんだ」
「言わないって言ってるだろ」
鋭い舌打ちが、僕の頭上に聞こえた。
「……っつーか! ガキ相手に余計なこと吹き込むんじゃねーよ、このボケ!」
「俺が何度言っても聞かなかったからな。もう手段は選ばないことにした。ガキに余計な気の遣われ方したくなかったら、大人しくしてろ」
「……汚ねぇぞ」
「何とでも言え」
エルドさんが喧嘩腰になっているのも無理はなかった。
何度言っても、何を言っても、アキくんは無茶ばかりするし、ロヴィはまともに休息を取ってくれない。
エルドさんの言うことも、もっともだった。僕も二人を心配する側なので、彼の気持ちはよくわかる。
「てめぇだって腹割って話せねえくせに、偉そうに説教垂れんじゃねえ!」
「っ、お前らどいつもこいつも好き勝手しすぎなんだよ! 心配する方の身にもなれ!」
「余計な世話だっつってんだよ! 誰が、いつ、んなこと頼んだよ?! 頼むからほっといてくれよ……!」
そういった次第で僕たち二人は、アキくんだけでなくロヴィにまで、心底鬱陶しそうに扱われることとなった。
第五支部で一緒に暮らしていた頃には見たことがないくらいに、わかりやすくロヴィは荒れていた。
あの家を後にしてから、僕たちの間に流れる空気は、すっかり淀んでしまった。
何かが少しずつおかしくなって、何かが少しずつ噛み合わなくなっていく。
そんな、不和と齟齬。
決定的な崩壊ではないけれど、じわりじわりと終わりが迫ってくる。
そんな、嫌な切迫感だった。
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