褪ロラ
5
けれどそんな僕の心配が、彼に正しく伝わってくれることはなく。
「……恩に着せようってわけ」
「ちが……。そ、そんな、こと」
ピロによって眼前の獲物を横取りされたアキくんは、僕を冷徹に見下ろした。
頑なな拒絶の色が、ありありと浮かんだ瞳で。
「なんで、邪魔するの?」
「邪魔、するつもりは……」
――ないのだけれど。
内心での確固たる主張とは裏腹に、尻窄みになる声はどうしようもなかった。
先天的な疾患で痛みを感じられないアキくんは、どこまでも自身の負傷に鈍感で、無頓着だ。
だから、周りにいる人間が、僕たちが、アキくんの分まで彼の体を気遣ってあげなくちゃいけない。
それは僕たち三人の共通見解で、アキくんもある程度は承知しているはずなのだが。
「だって……。俺、ここまでしてもらうだけのことを、した覚えがない」
「…………?」
その言葉の含みに、僕は、おやと首を傾げる。
それも一瞬、覚えた違和感はすぐに霧散する。
「ロヴィだって、エルドだってそう。俺にそんなに構って、どうしたいの」
「どう、って……」
「好意的に接してくれるのは嬉しいし、心配してくれてるのも、わかってるよ。でも俺はやっぱり――そんなもの、してもらう筋合いはないと思う」
それは、アキくんからの明確な線引きだった。
これ以上は深入りしないでほしい、関わらないでほしいという、意思表示。
――少なくとも、僕にはそう見えた。
「ないと思うから、気持ちが悪いんだ」
こんな言葉で、アキくんに突き放されてしまっていた。
それでも、今や僕たちには彼を放っておけない大義名分がある。
本来なら嘆くべきことであり、喜ばしいことでは決してないのだけど。
以前から危惧されていたように、とうとうアキくんの体に限界が迫っていた。
「――ほい、アキ」
ロヴィが、水の入ったペットボトルを軽く放った。
綺麗な放物線を描いて、それは危なげなくアキくんの腕の中に飛び込んでいく。
常のように、ごく自然に受け止めようとした彼の、足が――、
「……、……っ」
――がくん、と崩れた。
受け止める僅かな衝撃にすら耐えられず折れた膝に、何よりもアキくん自身が驚いていた。咄嗟に隣にいたエルドさんが支えていなければ、ろくに受け身も取れずに地面に倒れ込んでいただろう。
呆然とした表情が、アキくんの内心の動揺を物語っていた。
絶句してエルドさんに抱え込まれた彼はしかし、すぐにその腕を振り払って立ち上がった。
「……力の入れ加減、間違えた」
淡々と言って、取り損ねたペットボトルを拾う。
そういう問題では、ないと思う。
みんな口にしないだけで、思っていることはきっと同じだった。
エルドさんだけが、静かに動く。
無言でアキくんの体を抱え上げて、彼の大きな手が細い足首を捉えた。
「ちょっ!? なに……っ」
――ズボンを捲り上げられた足は、膝下まで黒く染まっていた。
「…………」
沈黙の重みとは、こういうことを言うのだと、僕はこのとき身をもって痛感した。
肩に圧し掛かるような空気を振り切るように、アキくんが敢えて無造作に沈黙を破る。
「だから、うっかりしてたんだってば。別にこれでも、特に支障はないから」
そんな言葉を、今さら信じてもらえるなどと、アキくん自身も思ってはいないだろうに。
それでも彼は、一人で立とうとする姿勢を崩そうとはしなかった。
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