褪ロラ
1
組織という、人間の集団を敵に回したということは、警戒態勢を敷く時間を二十四時間に拡張する必要がある、ということに他ならない。
ロヴィの捜索に充てられる人員は恐らく、先日の彼らのように武器を持つ者だけではない。昼間を活動の主体とする、未発症の健常者も含まれるのである。
それはつまり、今までは確保されていた日中の安寧が消えたということを意味していた。
そんな中で、喫緊の問題は睡眠時間をどう確保するかだった。
とはいえ、取れる選択肢など限られているのもまた事実である。
結論として、アキくんの提案通り交替制ということで落ち着いた。
ただ、交替制といっても僕とエルドさんは二人一組に扱われている。
理由は単純で、第一に、僕一人に見張りを任せてはアキくんが不安で眠れない (本人が直接僕に向かってそう言った) からであり、
もう一つはエルドさん自身の発案で、単独行動をできるだけ減らしたい、との要望があったからである。
これは彼自身の身の潔白をどうにか証明する――むしろもっと消極的に、今後の個人行動の幅を狭めることで、僕たちの抱く不信感を少しでも減らそうという考えがあってのことらしい。
ロヴィの覚えていないという三年前の事件について、彼は誰にも話そうとしない。
その、話さないという一点を通す代わりに払拭できなくなってしまった疑念を、せめて和らげようと考えるのは当然だと言えた。
そうして、エルドさんとともに過ごす時間の増えた僕は、少しずつ彼と話をした。
たとえ、答えられないと突き放されても。
僕なりに、この人のことを、きちんと理解したいと思ったから。
僕たちの信頼を損なうと分かって、そんなリスクを冒してまで、守りたい秘密とは何なのか。
きっとそれは、この人にとって何より大切で、譲れないこと。
これまで短い間だったけれど、共に過ごす中で僕が見てきたエルドさんは、僕たちのことだってちゃんと大切に思ってくれていた。
それでも話せないというのだから、そこには相応の理由があるはずだ。
だからこそ、アキくんはあの時、ロヴィに詰め寄られるエルドさんを庇って、信じると言い切ったのではないか。
だからこそ、納得いかない様子ではあれ、ロヴィも矛を収めたのではないか。
僕は、そんなみんなのことを信じる。
信じたいと、そう思う。
「エルドさんは――」
「ん?」
ふと、衝動のままに話し掛けたはいいが、話題を用意していないことに、今さら気が付いた。
思わず口を噤みかけて、
「……その間は、『なんとなく話し掛けてはみたものの、話題があるわけじゃなかった』間か?」
「…………すごい、なんで分かったんですか」
僕は全く、心から感心した。
「…………」
対するエルドさんは、苦々しく口をへの字に曲げた。
あまり嬉しくなさそうだ。
「お前は自覚がないかもしれないが、それなりに一緒にいて慣れてくれば、かなりわかりやすいぞ。顔にはさほど出ちゃいないが、空気でわかる」
「なる、ほど……?」
そう言われても実感は湧かないが、僕のことに理解を示してくれるのは嬉しかった。
僕からも理解したいと思っている人だから、尚更。
「えっと……ううん……」
何を、話せばいいだろうか。
何を、聞けばいいだろうか。
この人が僕にしてくれるみたいに、僕がこの人を理解するためには。
「今から考えるのかよ……」
頭を抱え始めた僕に苦笑を零しながらも、エルドさんは僕の言葉を待っていてくれた。
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