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褪ロラ
8


 目が覚めて、眠気のないことにまず安心した。

 いつものみんなで、いつもの食卓を囲む。そんな日常の中にあって、僕はどうにも落ち着きなく、そわそわしていた。
 頭を過るのは今朝のことばかりで、何をするにも気もそぞろという状態だった。誰かに打ち明けて、相談したい。僕にとって一連の出来事は、一人で抱えるには重すぎた。
 このままでは、僕が何か隠していることを、何かにつけ勘の良いロヴィに察されてしまいかねない。
 そうなったら、僕はアキくんに殺される。アキくんには、銀の瞳の人物についてロヴィに話すことを固く禁止されていた。僕が自分から話したわけじゃなくても、バレた時点で彼からの糾弾は避けられないだろう。情けない話だが、僕はアキくんに怒られるのがとても怖かった。怒られて、嫌われるのが恐ろしかった。
 しかし、だからといって彼に話してしまっていいものだろうか。
 実のところ、アキくんのことこそ心配だった。この頃、ふとした時に思い詰めたような表情をすることが多くなったように思う。いろんなことが短い期間に起こりすぎていることもあろうが、とりわけシャロンさんの件が尾を引いているのかもしれなかった。
 そもそもアキくんは、シャロンさんを――”影”となってしまった彼の心だったものを、自分の手で供養することを目的に戦っているのである。だから自身を顧みずに、無茶な戦い方を続けている。おまけに彼は無痛症という重大な疾患を抱えているために、痛みによる歯止めは皆無である。そうやって、文字通り身を削りながら来る日も来る日も”影”と交戦しているというのに、あの蛇型の”影”は一向に姿を見せてくれないのだった。
 アキくんの消耗は、今や僕にでも察せるほどに露骨なものになっていた。
 どうにも黙って見ていられなくて、鬱陶しがられるのを覚悟で確認してみたことがある。
 ――その両手はまだちゃんと動くのか、と。
 ――感覚は一応ある、とのことだった。
 指先から手のひらにかけて黒く染まった部分は、日を追うごとに少しずつ侵食を広げている。今はもう、ほとんど手首にすら差し掛かっている状態だ。黒くて視認しづらいからと、本来の役目とは違う意図で包帯をぐるぐる巻きにしているが、その隙間からも染み出すような黒が滲んでいた。
 それでも、痛みを感じない彼だからこそ、正気でいられる。本来ならば黒く染まった患部は猛烈な痛みを訴え、その緩和はどのような手段によっても叶わない。それが黒屍病という、黒い靄のもたらす人体への最たる害である。
 本人が感じていないだけで、痛みがなくなったわけではない。感じずとも着実に蓄積したその痛みが、いつ何か違う形で彼に悪影響を及ぼし始めるか知れない。それが、エルドさんとロヴィが僕に語った見解だった。アキくんが平気な顔をしているからと言って、安心してはいけないと、何度も釘を刺されていた。

 だから、僕は少し迷って――エルドさんの腕を引いた。
 アキくんとロヴィは、ちょうどテレビを観て何事か話している。ロヴィが番組に出演する芸能人の真似をして、アキくんがそれを見てくすくすと笑う。微笑ましく談笑している二人から隠れるように柱の陰にエルドさんを引き込んで、僕は声を潜めた。

 「これから話すことは、僕の人生で、最大の秘密です」
 「……、出だしから重いな……?!」

 エルドさんは困惑と少しの迷惑を浮かべて、眉を顰めた。

 「なんで俺……? そういうのはロヴィ、……はダメか。あいつはいろいろ……。アキ、もダメだな。そうか、俺しかいないか……」
 「ロヴィは、だめ。絶対、だめ」

 僕はぶんぶんと首を振って必死にエルドさんに訴える。




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