褪ロラ
7
敵わないと知って、それでも僕はもがくように抵抗する。
手足をばたつかせる僕に、ぼそりと呟くような悪態が降ってきた。
「……調子に乗るな」
「ちょ……、調子って、な、にいたたたた」
意味の分からないことで責められている理不尽に、僕は目を瞑って耐える。それから十数える間もなく満足したのか、僕を苛んでいた右手はあっさりと緩められた。
責め苦から解放された首をぎこちなく持ち上げると、僕はぐしゃぐしゃに乱された髪を労わるように撫でて、一息ついた。
さっきから、まともなコミュニケーションが成り立っていない。
せっかく会えたのに、目の前にいるのに。彼の言動は意味の分からないことばかりで、今のところ全く収穫がない。どうにかもう少しマシな会話ができないかと考えて――思い付いた。
「……君はロヴィの、お兄さん? それとも――」
言いかけて、僕は自ら口を噤んだ。だって、聞くまでもない。
見ていればわかる、あまりにも明らかなことだった。
ロヴィは、『兄』だ。
「――弟さん、だね」
「…………」
この無言は、肯定と受け取っていいのだろうか。
僕がその沈黙の意味を図りかねていると、再び彼は唐突に口を開いた。
そのまま、僕の思いもしていなかった言葉を紡ぐ。
「……名前」
「え」
「……呼ぶな」
その声が、初めて露骨な感情を帯びた。
鈍い僕にもわかる、それは不快感だった。
数瞬遅れて、僕は漸く理解する。それが、ひどく子供じみた独占欲の発露のような響きを持っていること。そして同時に、僕の問いの遠回しな答えになっていることを。
「名前って、ロ……、きみの、お兄さんのこと……?」
「…………」
答えは、やはりなかった。
「きみは、どうしてここにいるの」
「………………」
「ロ……、お兄さんとは、会ってる?」
「…………」
「家族は、いないって言ってたから」
「…………」
それでも、答えはなかった。
――気が付けば、僕は玄関の前に立っていた。
「え……。あ、れ…………?」
見慣れた第五支部。大きくはないけれど、品の良い装飾の施された一般的な住宅だ。
いつの間に戻ってきたのだろう。僕は首を傾げながら、何気なく空を見上げた。見上げた日は、もう随分と高かった。彼と話していた時間は、ほんの数分のようで、何時間も経ってしまったらしい。これはまずい。早く寝室に戻らなければと焦った。
いくつも起きた不可思議な現象への疑問と、収穫らしい収穫を得られなかった無念を抱いて、しかしそれはそれとして、一刻も早く寝なければいけなかった。今夜の戦いに、睡眠不足を引き摺って行くことだけは避けなければならない。様々なことを考え込んでしまいそうになる頭を落ち着かせて、今はただ眠るために心を落ち着かせる。全ては、次に目が覚めてから。
ロヴィの知らないところで、ロヴィの双子の弟に会った。
ほんの少しだけれど、話をした。
二人はとても、そっくりだった。
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