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褪ロラ
4


 現状維持という御座なりな方針のもと、僕たちはその夜もいつも通りに”影”との戦いに臨んだ。幸いフードの男の襲撃はなく、”影”との戦いでも、誰も大した負傷はしなかった。アキくんは相変わらず番外でめちゃくちゃな強さを誇り、片っ端から”影”をなぎ倒していたし、その暴走する嵐のような勢いを気に掛けつつ、エルドさんはアキくんの蹴散らした”影”に止めを刺していった。
 斬っても切っても湧いて出る”影”を幾つも切り伏せて、気付けば足元にはきらきらと輝くガラス片のような水晶の残骸が溢れていた。漂う黒い靄と、虹色に彩られた足元。場違いなほどに幻想的で、美しい光景だった。人の心だったものが飾る、鮮やかな最期だ。僕の心も、いつかの終わりにはこんな風に綺麗に輝くのだろうか。――それも、悪くはない。そう思えるほどに。
 ロヴィによる”浄化”も滞りなく行われた。靄の黒も、虹色の煌めきも、一瞬で跡形もなく消え去った。肌に刺さるような余韻と、静寂だけを残して。
 振り返ったロヴィは、僕たちに向かって指を二本立てた。
 ピースサイン、だった。

 おやすみの挨拶をして、僕たちはそれぞれの寝室へと戻っていく。みんなと別れて、僕はずっと考えていたことを思った。
 ロヴィのこと、そして、ロヴィの家族のこと。いつか見た、銀のこと。
 フードで顔を隠していた男は、あの銀の瞳をした人物ではなかった。
 ということは、だ。
 あの日、闇の中から僕たちを見ていたあの人は。ロヴィの家族かもしれない人は。
 きっと今も、どこかで――。

 そう思ったら、もう眠ってなどいられなかった。決して、睡眠という休息の重要さを軽んじていたわけではない。それだけは絶対にないけれど、でも、ほんの少しだけ。少しだけだから。誰に言うでもなく心の中でそう断りながら、僕は寝台に横たえた体を起こした。
 誰にも気づかれないよう息を潜めて、足音を殺して、玄関の外に出る。曇天の灰色の光が降り注ぐ朝の世界に、僕は久し振りに足を踏み出した。
 行き先は、特に決めていなかった。けれど、人通りの多い場所ではいけないという考えは、意識するまでもなく自然に頭にあった。一人にならなければいけない。感覚的に、強くそう思った。
 午前中の住宅地である。道を歩くごとに、誰かしらとすれ違ってしまう。
 僕は人の少ない方へ、少ない方へと、宛てもなく彷徨った。
 ただ一つの目的を持って。

 唐突に、視界が暗くなった。
 それは、晴天に流れる雲が不意に太陽を覆い隠したような、翳り。
 けれど見上げる空模様は、どんよりとした灰色の曇天である。翳る光など端からあるまいに、何かが、確かに、暗くなっていた。
 ――……ここは、どこだろう?
 辺りを見回せば、不自然に暗い景色よりも根本的な問題に気付いた。道に迷ってしまったのである。ここが一体どこなのか、全くわからない。帰り道もわからない。ただただ、逸る気持ちに突き動かされるように足を動かすうちに、どこか知らない土地に迷い込んでしまったらしかった。
 見知らぬ土地で、不可解な薄暗さの中、僕は再び気付いた。
 周囲に、人通りが全くないことに。
 そもそも僕が情けなくも迷子になるほど闇雲に歩いていたのは、どこか人気のない場所を探していたからである。そして今、実際に「その場所」に辿り着いている。帰り道がわからないことは大問題だが、こっそり部屋を抜け出してまでここへ来たのだ。目的を果たさなければ、この行動そのものに意味がなくなってしまう。
 一か八か。駄目で元々だった。僕は大きく息を吸い込んで、震えまじりの声を上げた。

 「ぎ、銀の目の人……!」

 さほど期待はしていなかったが、もしかしたらということもある。

 「銀の目の人、いませんかー……!」

 川面に石を投げ込むように、僕は闇の中に声を投げかけ続けた。しかし、実際には川面のように波紋の広がることも、飛沫の上がることもなく、静謐な闇はただ沈黙を湛え続ける。予想通り、当然のことだった。
 僕は、何をしているんだろう。にわかに我に返って、帰ろうと踵を返そうとしたところだった。
 ――薄闇が、濃さを増した。

 「…………」




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