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褪ロラ
3


 「あいつらに、ロヴィをどうこうする動機があるのか、あったとしてそれが何なのか、俺にはわからない。……でも、そんなぶっ飛んだ思考に至るやつがいても、おかしくはないと思う」
 「…………」

 重くなった空気に、僕は戸惑いつつ思わず傍らのロヴィを見た。一連の事態の中心とも言える立場にいる彼は、しかし泰然と、特に気負った風もなくそこに座っていた。
 見つめる僕の視線に気付いて、ちょっと肩を竦めて、笑う。

 「今後の方針として、ロヴィをどこか安全なところで保護してもらった方がいいんじゃないかって思ってたんだけど……。そんな話を聞いたら、迂闊に他の人間に接触するのは危険だって気がしてきた」
 「ああ。俺もそう思う」

 アキくんの言葉に追従して頷くエルドさんは、短く息をついた。

 「でも、じゃあ、どうすればいいの……」
 「現状維持しかないだろうな」
 「維持……、できる……?」

 アキくんが、今度は僕の方を向いて言った。彼の心中の懸念をそのまま示すように、眉間に寄った皺は今日も深い。

 「えっ、ぼ、僕……? む、無理、無理です……」

 思わぬ形で話を振られて、僕は狼狽える。だって、僕の武器はその、何と言うか、アレなのだ。
 自覚症状のない記憶喪失という奇妙な症状を抱える僕は、人並みかつまともな精神を持ち合わせていないらしい。それゆえに、持ち主の心の具象化である武器の形態が、なかなか安定してくれない。形が定まらなければ、それを使って戦う自分の姿を想像できない。想像すらできないもので、実際に戦うことなどもっての他だった。
 そういえば最近しばらく確認していないなと思って、久しぶりにそれを手のひらに取り出してみる。取り出そうと、頭で考えるだけでよかった。いつかロヴィに言われた通り、手足を動かすのと同じくらい、特別意識するでもなく、自然にその動作は行われた。
 ――のだが。

 「ひ……っ?!」

 黒くて、黒くて、真っ黒な表面。不定形の蠢きが、いつか見たそれよりも格段に激しさを増していた。怯えるように小刻みだった震えは、今や大胆に飛び跳ね躍動するような動きに変わっている。

 「げ、元気になってる……」
 「気色悪……っ!?」

 アキくんは心底不快だとばかりに端正な顔をいっぱいに歪め、
 
 「…………」
 「…………」

 エルドさんは言葉に詰まって、ロヴィは呆気にとられて沈黙していた。

 「……、えっと……」

 その場の誰もが固まっているなかで、手のひらの上の黒い物体だけが激しく蠢いている。
 この事態を、僕はいったいどう受け止めればいいのだろうか。定まらない形態を安定させることが目標であるなら、今のこの忙しない蠢きは容体が悪化しているということになるのではないか。

 「……ロヴィ……」

 泣きたい気分で助けを求めた先で、ロヴィもまた不可解そうに首を捻っていた。

 「うーん……、どうしたもんだろーな……?」

 半笑いで。

 「笑い事じゃ……!」
 「わかった、わかった。落ち着けって」

 それこそ、ロヴィにとっては他人事なのだろうけど、僕にとっては全然笑い事じゃない。みんなを手伝うことは無理でも、せめて迷惑を掛けない程度にはしっかりしたいのに。僕は、いつまで経ってもこんな――。

 「ヒロ」
 「…………」
 「まあ、あれだ。気にしすぎんのが一番よくねぇぞ。……多分」
 「…………」

 慰めようとしてくれているのは、嬉しいのだけれど。

 「……俺から話を振っておいてなんだけど、今さら君に期待するようなこともないしね」
 「…………」

 この人たちはどうにも。

 「……こう、元気で、良いんじゃないか……?」
 「…………」

 慰め方が雑だった。



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