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いつからだろう。
彼が気になりだしたのは。
甘いマスクとふんわり柔らかな蜂蜜色の髪。
濃紺のシャツに白いエプロン。
その優しげな笑顔に、惹かれたのはいつからだろう。



 通学途中にある、駅前の花屋。スタイリッシュできれいなディスプレイからか、通る度に女性客がいる。いや、店構えだけが要因じゃないだろう。客の中にはあの人目当ての人もいるはず。今日もちらりと見た花屋では、あの人が客に笑ってた。

「洋平っ」

 ようと声をかけられて振り返る。そこには同じクラスの井上がいた。

「おはよ」

 挨拶を返すと馴れ馴れしく肩を組まれる。こいつはいつもそうなのでもう注意すらしないが。肩に腕を回されて、耳元で話される。

 洋平は今日もかわいいね、後ろ髪跳ねてるよ、くらいならまだいい。
 今朝も元気に勃ってた?昨日は抜いた?オカズは?とか、そういう日はハズレだ。

「洋平、首すじ噛みたくなるくらいきれいだね。噛んでもいい?」
「やめろよバカ!! 俺は男だぞ」
「その反応もかわいいよ」

 こんな風にからかわれる日は、うん、ハズレかもしれない。怒鳴る俺を完全に無視して井上はにっこりと微笑まれて固まる。だが俺は全く納得できない。俺は男だ。
 女みたいなわけでもなく、どう見ても男。中学でテニス部に入って、筋肉もついたし。断じて男に口説かれる要素はないはずだ。そんな俺なんかを井上はかわいいかわいいと褒めてはスキンシップを求めてくる。なんなんだ全く。……なんて思いながら、オレの視線はちょっと遠くへ。

 いつものように騒ぎながら道を進む。腕を振り払っても離れない井上に苦戦しながら。
 いつも、毎日。それが俺の日常だ。



******



「くそっ」

 コンクリートに雨粒がはぜる。所々にできた水たまりを避けるように、一直線に家を目指した。

「なんで今日は休みなんだよ井上め!!」

 通学の最寄り駅の改札を抜けるといつだって井上が俺を待っている。晴れの日も、曇りの日も、雨の日も。俺の家は最寄り駅から電車で15分くらいのところにあって、家から駅まではアーケードを通ればぬれずに行くことができるから、雨が降ってても面倒で傘はもってこない。駅から学校まではどうしたって屋根なしの道を徒歩で行かなければならないのに。
 そんな俺を見越して、いつも雨の日は大きめの傘を持ってきてくれる井上は、今日に限って風邪で休み。突然の雨に為す術もなく、鞄を頭に掲げて走るしかなかった。
 駅までは歩いて10分、走ればもっと早く到着できる。学校を出たときはそれなりに小雨だったから大丈夫だと思ったのに、途中で雨足は強まって。びしょびしょのYシャツが気持ち悪い。

「おーい、君」

 顔をしかめながら走っていると、近くから声がきこえた。俺のことだろうか。首をかしげつつ、こんなときに誰だよと思いながら立ち止まって声の主を見る。

「そうそう、君。何やってんの、びしょ濡れで。雨宿りしてけー」

 雨の音に混ざって手招きされているのは、俺だ。呼んでいるのは柔らかい笑みを浮かべたあの人で。もう駅は目の前だし、もう濡れているから今更だし、断ることもできたけれど。気付いたらペコリと頭を下げて、店先に飛び込んでいた。



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