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突発雑記帳
えんじぇるぼいす

 その日オレが出会ったのは、たしかに天使だった。それはそれは神々しく、気高く、美しい、天使。それは今も変わらない。変わらない……?


 オレはゲイだ。まごうことなきゲイだ。生粋のゲイだ。大事なことだから三回も言った。ちなみに今はフリーです。
 勇気を持ってゲイをカミングアウトした相手についでに好きだってことも言ったら、オレもゲイだお前が好きだって言ってくれるという奇跡がおこり、付き合うこと約2年。社会人になってそろそろ同棲しない?って誘ったら浮気をカミングアウトされ振られるという惨事があって以来、仕事が忙しくて誰かと出会う暇がなかったからだ。
 そんな元カレ(けいすけ)はお気に入りのゲイバーに通いつめている。なぜならけいすけの今カレがそこの店主だからだ。

 そのゲイバーでは奇数月にシングルナイトを開催している。店に来店歴があって、マスターまたは従業員がシングル認定をした人しか入ることを許されないその夜、来店客の目的は酒より出会いになる。そこにオレが、けいすけに招待されたのだ。
 けいすけ曰く、お前とはもともと親友だったんだから今も親友でいーじゃん……だそうで。さらに曰く、この店のお客さんはみんないい人だから大丈夫オレと彼氏が保証する!!だそうだ。

 だまされたつもりで来いと言われ、オレはその店のドアを開けた。受付の男にけいすけの名前を伝えると次の扉を案内され、開けた先はまさに男の園。一斉に向けられる値踏みするような視線に圧倒されながらも、カウンターにけいすけの姿を見つけた。

「けい」
「あ、ほんとに来たんだ」
「帰るぞてめぇ」

 にやにや笑うばかを睨んでいると出てきた酒はオレが好んで飲むもので、こいつと付き合ってた過去を身近に感じた。

「ほんと、男だらけ」
「まあそうでしょー。ここゲイバーだし」
「みんなシングルなの?」
「そーゆー企画だしね」
「へぇ」
「ちなみにスタッフにも手出しおっけーなんだよ」
「ふぅん?」

 カウンターに身を乗り出し、両肘をついてにこりと笑うばかに顔を近づけると、ばかはさらに笑い出した。

「で、お前は?」
「あいにく、売約済みなもんで」

 くすくす笑い合っていると奥から髭サングラスのお兄さんが現れて、けいすけはカウンター内に引き戻された。ああこの人が今カレなのね、と目配せすると幸せそうに笑われた。腹立たしい。

「お客さん、シングルのスタッフはタイじゃなくてリボンだから、ちゃんと見分けてくださいね」

 あんたには立派な目ぇついてんだから、な?とか某有名マンガの名シーンをぱくったような台詞にびっくりしていると、けいすけがまたしても笑いだした。

「これ言ってあった元カレね。いけめんでしょ」
「外面のストライクは元カレっつってたな。こんなんがいいのか?ひょろいぞ」
「筋肉は面じゃないからね」

 彼氏さん(マスター)の鋭い視線が突き刺さるが、いや、これは目の前でいちゃいちゃされてる。まじしんどい。
 げんなりしつつその様子を見ていると、フロアから突然歓声があがった。びっくりして振り向くと、それはそれはもう女にしか見えないやつが照れたように笑っていて。

 正直に言う。心臓が持ってかれた。

 その女にしか見えない男はオレと同じように扉から現れ、フロアに降り立ったところのようだ。白いシャツに、黒いリボン、黒いすっきり系のパンツに、黒いギャルソンエプロンという出で立ちは、どうやらスタッフさんらしい。

「……ふうん、あーゆーのがタイプなんだ?」
「お前、あれはタイプとか関係なくみんな見惚れる顔だぞ」
「呼んであげよーか?」
「まじで?」

 またしてもにやにや指摘してくるけいすけに、今度ばかりは後光がさして見えた。自分の必死さに笑えるが、オレが笑わずともけいすけが笑ってるからまあいい。

「こうさーんっ」

 ぶんぶん手を振ってその人の名前を呼ぶと、その人も微笑んでオレらの近くまで来てくれた。近くでみてもこの人は美人だ。キラキラ輝くオーラが見える、まじで。
 どぎまぎしながらも、ハジメマシテと挨拶をしようとしたら、けいすけがまた身を乗り出してその人になにやら耳打ちをしだした。なんだよ!

「ン、はじめまして」
「あっ、あ、えっと、ハジメマシテ!」
「ふふっ、こーいちです」
「鹿沼です!けいすけの元カレで、今日が初めてでっ」
「よろしく」

 差し出された指は細くて白くてなめらかな肌触りで、発された声は変声期を迎えたてみたいなハイトーンだった。かわいすぎる!

「鹿沼、なにサンですか?」
「エイジって言います」
「じゃあ、エイジさんって呼んでいいですか?」
「もちろんです!オレも、こういちさんって呼んでいいっすか?」
「もちろん」

 にっこり。微笑みはまさに女神のごとく、キラキラ輝くこういちさんはオレの天使だと本気で思った。
 シングルナイトの夜は、シングルならばスタッフも仕事をしなくてもいいらしい。なのにこういちさんは積極的にお仕事を手伝っていて、そんな真面目なところも魅力的に見えた。
 オレは何人かと会話をして、あからさまなモーションもいただいたけれど、目はずっとこういちさんを追っていた。


――それから

 こういちさんの連絡先を教えてもらったのは、こういちさん目当てであのバーに2ヶ月通ったあとのことだった。こういちさんと初めてキスをしたのは、5回目のデートの時。エッチをしたのは、付き合って1ヶ月後のことだった。
 そして今日、あまりにもショックな事件が起きた。エッチして、こういちさんが初めてオレの部屋に泊まってくれるという幸せいっぱいの朝に響いたのは、地を這うような低音だった。

 発信源は、こういちさん。


「……やっべ、声作ってたんだった。ごめんエイジ。これがオレのほんとの声。めっちゃ低くてオレも気に入ってなくて、お前の前でも声作ってた。気持ち悪いよな……ごめん。こんなやつと付き合うの、やだ?」


 うるっと瞳に張られた涙の幕は演技じゃないってオレは信じてる。

「そんなわけ、ないだろ!!オレはこういちさんのこと、すきだから」
「あっそ。よし、じゃあオレはお前の彼氏だし、今日からここ住むわ。荷物運ぶから車出してねー」

 この態度の変化は彼なりの照れ隠しだと、信じてる。



「えんじぇるぼいす」-END-

HurtBeatのスピンオフSS.
こういちさんは声優さんみたいに声を美少年バージョンにできるという特技があって、本命には女王様な態度とかいいな、という妄想でした。


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あきゅろす。
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