黒髪男子の心情 7 「ん・・・?あれ・・・」 モゾモゾと山田が動き出したのはタクシーに乗ってややしてからだった。家まではあと5分くらいはかかりそう。そんな時、パチリパチリとゆっくり瞬きをして、山田は目覚めた。 「気持ち悪くねーか?」 「ッ、山下・・・」 「だいじょぶ?」 「・・・なんで、あれ?オレ・・・」 「迎えに来たんだ。いろいろごめんな、山田」 「ッ」 寝起きで状況が判断できなかったらしい山田も、徐々に泣き寝する前のことを思い出したらしい。だんだんと顔が赤く染まっていって、一応恥ずかしいのかな、なんてかわいく思えて笑える。 「お前、櫻さんとこ行くのは反則だぞ」 「う・・・」 「オレあの人のこと苦手なんだからさぁ。っつうか恋敵じゃん?」 「いや、うん。ごめん」 「あの人のとこ駆け込むくらいだったらオレに全部言えよ。泣きながらでも、殴ってでも、なんでもいいから。オレに、ちゃんと全部言って」 「・・・うん」 「不安なのも、嫌なのも、むかつくのも、なんでも。言ってください、マジで」 「山下・・・?」 「あー・・っくそ、なん、か。不甲斐ねぇな!」 「山下」 ふっと山田から手が伸びてきて、オレの頬を指がなぞった。とっさに唇をかみ締めるけれど、もうこらえられない。 「くそ。お前、別れる、なんて・・・言うなよ」 「うん」 「寂しいじゃん」 「うん」 「つうか、なんだそれ。オレがお前と別れようとしてるとでも思ってんの?」 「ううん、今は、思ってない」 「頼むから・・・ッ、嫌いに、なんないで、くれよ」 「うん。わかった。大丈夫だから、泣くなよ、山下」 だせぇ。激しくだせえ。 なぜオレが山田を迎えに行って泣いて慰められてんだろう。 でも、不安だったんだな。 櫻さんに、山田がオレと別れる決意したみないなこと言われて、めっちゃ不安だったんだ。実際。 虚勢張ってないと壊れちゃいそーなくらい、怖くて。 山田が隣にいて、涙をぬぐってくれることが、今、うれしくて仕方ない。 だけど、 「・・・ごめんねえおっさん。ちょっと、見てみぬふり、してくれる?」 バックミラー越しにばっちり運転手と目が合うのはいたたまれない。つうか見てんじゃねぇよ。 ハイ!なんて威勢のいい返事をして、一生懸命前方を向いた運転手にフンと鼻を鳴らすと、山田がケラケラ笑いやがった。 「なんだよ」 「いや、なんか、杞憂だったかなと思って」 「なにが」 「オレ、思ってたよりお前に好かれてたみたい」 「バーカ」 「ねえ山下さん」 「なんだよ」 「ちゅーしたい」 「ぶっ」 思わず噴出してしまう。いつもだったらこんなこと絶対言わないようなやつなのに。 「まだ酔ってんの?」 「・・・そうかも?」 そんな風にいたずら成功みたいな笑い方しやがって。かわいいやつめ、ちくしょう。弧を描いたまま唇が重なると、ふわっと体から力が抜けた。 だから、 「見んなっつったよな?」 「すいませんすいません!でも、ついちゃったんですゴメンナサイ!」 恐る恐るバックミラーでオレらを確認してた運転手の視線に気づけば、おろおろされてしまった。しかも見ればアパート目の前だし。 「あー・・・すいません。釣りはいらないんで、迷惑料ってことで」 「あ、いえ、こちらこそ!」 財布から一番いい札を一枚差し出してドアを開けてもらう。山田ももちろんオレと一緒に降りてきて、発車したタクシーを見送った。 「ブッ、」 「ハハッ」 笑える。 「あー、ったく。やーまだー」 「へーい」 手を差し出せば、重なる。 よかった。 今はただ、ここにコイツがいてくれて、 賭けはお前の一人がちだな、山田。 「賭けゴト」-END- [*前へ] [戻る] |