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黒髪男子の心情


「ん・・・?あれ・・・」

 モゾモゾと山田が動き出したのはタクシーに乗ってややしてからだった。家まではあと5分くらいはかかりそう。そんな時、パチリパチリとゆっくり瞬きをして、山田は目覚めた。

「気持ち悪くねーか?」
「ッ、山下・・・」
「だいじょぶ?」
「・・・なんで、あれ?オレ・・・」
「迎えに来たんだ。いろいろごめんな、山田」
「ッ」

 寝起きで状況が判断できなかったらしい山田も、徐々に泣き寝する前のことを思い出したらしい。だんだんと顔が赤く染まっていって、一応恥ずかしいのかな、なんてかわいく思えて笑える。

「お前、櫻さんとこ行くのは反則だぞ」
「う・・・」
「オレあの人のこと苦手なんだからさぁ。っつうか恋敵じゃん?」
「いや、うん。ごめん」
「あの人のとこ駆け込むくらいだったらオレに全部言えよ。泣きながらでも、殴ってでも、なんでもいいから。オレに、ちゃんと全部言って」
「・・・うん」
「不安なのも、嫌なのも、むかつくのも、なんでも。言ってください、マジで」
「山下・・・?」
「あー・・っくそ、なん、か。不甲斐ねぇな!」
「山下」

 ふっと山田から手が伸びてきて、オレの頬を指がなぞった。とっさに唇をかみ締めるけれど、もうこらえられない。

「くそ。お前、別れる、なんて・・・言うなよ」
「うん」
「寂しいじゃん」
「うん」
「つうか、なんだそれ。オレがお前と別れようとしてるとでも思ってんの?」
「ううん、今は、思ってない」
「頼むから・・・ッ、嫌いに、なんないで、くれよ」
「うん。わかった。大丈夫だから、泣くなよ、山下」

 だせぇ。激しくだせえ。
 なぜオレが山田を迎えに行って泣いて慰められてんだろう。

 でも、不安だったんだな。

 櫻さんに、山田がオレと別れる決意したみないなこと言われて、めっちゃ不安だったんだ。実際。
 虚勢張ってないと壊れちゃいそーなくらい、怖くて。
 山田が隣にいて、涙をぬぐってくれることが、今、うれしくて仕方ない。

 だけど、

「・・・ごめんねえおっさん。ちょっと、見てみぬふり、してくれる?」

 バックミラー越しにばっちり運転手と目が合うのはいたたまれない。つうか見てんじゃねぇよ。
 ハイ!なんて威勢のいい返事をして、一生懸命前方を向いた運転手にフンと鼻を鳴らすと、山田がケラケラ笑いやがった。

「なんだよ」
「いや、なんか、杞憂だったかなと思って」
「なにが」
「オレ、思ってたよりお前に好かれてたみたい」
「バーカ」
「ねえ山下さん」
「なんだよ」
「ちゅーしたい」
「ぶっ」

 思わず噴出してしまう。いつもだったらこんなこと絶対言わないようなやつなのに。

「まだ酔ってんの?」
「・・・そうかも?」

 そんな風にいたずら成功みたいな笑い方しやがって。かわいいやつめ、ちくしょう。弧を描いたまま唇が重なると、ふわっと体から力が抜けた。

 だから、

「見んなっつったよな?」
「すいませんすいません!でも、ついちゃったんですゴメンナサイ!」

 恐る恐るバックミラーでオレらを確認してた運転手の視線に気づけば、おろおろされてしまった。しかも見ればアパート目の前だし。

「あー・・・すいません。釣りはいらないんで、迷惑料ってことで」
「あ、いえ、こちらこそ!」

 財布から一番いい札を一枚差し出してドアを開けてもらう。山田ももちろんオレと一緒に降りてきて、発車したタクシーを見送った。

「ブッ、」
「ハハッ」

 笑える。

「あー、ったく。やーまだー」
「へーい」

 手を差し出せば、重なる。

 よかった。
 今はただ、ここにコイツがいてくれて、

 賭けはお前の一人がちだな、山田。





「賭けゴト」-END-

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