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我儘



あの子はいつも笑っていた。出会ったころの、幼さを残したかわいらしい笑顔が、だんだんと煌くような美しい笑顔に変わっていくのを、私は見ていた。だからだろうか。その笑顔を、どうしても失いたくなかった。

「沖田先生、いま、なんて?」
「隊を出ろ、と言ったんです」
「…久しぶりに聞きました、その台詞」
「ふざけているわけじゃありません。私は本気ですよ」
「そう、みたいですね。目が本気ですもん。…でも、先生」

あの子の手がすうっと伸びてきて、私の頬に触れた。身じろぎもできずそれを受け入れてしまったのは、あの子が静かに泣いていたからだった。瞬きもしていないのにぽろぽろとあの子の目からは涙が零れていた。

「泣いて、います」

泣いているのはあの子のはずなのに、あの子はそう言った。私の頬を擦りながら、あの子はぽろぽろ、ぽろぽろと涙を流す。隊を出ろと言えばあの子が泣くだろうと予想はしていた。けれどこんなふうに静かに泣くとは思っていなかった。泣き顔さえきれいになったとぼんやり思った。

「私は隊を抜けませんよ」
「出ろと言っているんです」

いいえ、と、あの子は首を振る。そして私の目を見て言った。泣きながらも、あの子の目は真っ直ぐだった。

「それは、先生の病のせい、ですか」

その通りだった。けれど否定すべきだった。なのに、自分の病にあの子が気付いていたことに驚いて、私は何も言えなかった。
やっぱり、と呟いて、あの子は自分の涙を拭って笑った。

「嫌です」
「神谷、さん」
「先生の傍を離れません」
「馬鹿な、うつるんですよ?」
「それでも」

あの子は、笑った。しあわせそうに。私は泣いてしまいそうだった。
私はきっと、あの子を残して死ぬのだろうと思う。そしてこの優しい子は、こんなにも非道な私のためにも涙を流してくれるのだろう。笑顔を崩して。
離れることが最善なのだと、頭では十分すぎるほどに理解していた。けれど私は、

「どうしてそう、あなたは頑固なんですか」 
「すみません、我儘で」
「…、どうしてそう、あなたの我儘は、私を嬉しくさせるものばかりなんです」

嬉しかった。たとえようもなく嬉しかった。それが正しい道だなんて欠片も思っていなかったのに、私はあの子を抱きしめてしまっていた。

「先生、ひとつだけ、お願いしてもいいですか?」
「…なんです?」
「もう二度と、離れろなんて言わないでください。ずっと傍に居させてください」

どうして、そう。のど元まで出かかった言葉を、私は飲み込んだ。そして腕に力を込めた。ぎゅっと抱きしめたあの子は、せんせい痛い、と言ったけれど、私は構わず抱きしめ続けた。
  
「せんせい、痛い」
「…放して欲しい、ですか?」
「、それは、いや、です」
「本当に、頑固」

ほんの少しだけ腕の力を緩めると、離れませんから、とあの子は言った。放しません、と言った私を今度はあの子がぎゅっと抱きしめて笑ったから、私はまた泣きたいような気持ちになって、あの子の腕に抱かれていた。


 我儘
(それすらも、あまく)



▼五色散のちひろさんより頂きました!
快くリクを受け入れて下さったちひろさん、本当にありがとうございました!

09/07/21



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