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笑え!



「笑え!」


いきなりそんなことを言われても果たしてそんなことが出来るだろうか。




蒸し暑い季節が終わろうとしていた。その証拠に吹く風が冷たく感じる気がする。まあ早い話、季節は秋に移り変わろうとしているのだ。


「っくっしゅん!」


ぶるっと小柄な身体が震えた。その勢いで持っていた筆が見事にやらかしてくれた。筆はズル、と手元から落ちる。


「あ、」


慌てて声を出した時には遅かった。べちゃ、という効果音と一緒に筆は書き物をしていた紙の上に落下。


「ああーっ!!」


セイの悲痛な声は部屋のみならず、屯所中に響き渡ったという。






「…で?くしゃみをした拍子に手元を誤ったと、」

「う、はい」

「はあ…」


あの後、セイの叫び声を聞いた隊士たちが部屋に集まってきた。もちろん、沖田もそのうちの一人で。


「何事かと思えば、そんな事ですか…」

「え、えへ」

「えへ、じゃない!」


再び溜め息を吐いて立ち上がり、沖田は押し入れの中を探り出した。その後ろ姿をセイは不思議そうに見つめる。

…ていうか、思っきり溜め息をつかれました。先生の眉間にシワが刻まれてました。誰かさんのような立派なシワが。
確かに叫んだ私もいけないけれど!でも、そこまで機嫌を悪くしなくても…!

押し入れの中を探る背中を半ば睨んでいると後ろからゴンという衝撃。いたい、地味に痛かった。


「…何するんですか副長」


いつの間にか後ろに座っていた人物に頭部を押さえて抗議をする。しかし、その人物はたいして表情を変えることなくシレッと言ってのけた。


「後ろ姿がムカついたから殴った」

「何を根拠に!?」

「お前、今何か失礼な事を考えてただろうが」


図星だったので、あえて何も言わない。睨まれている気がするが、自分の身の安全の確保のほうが優先的だ。

バサッと何かが落ちてきて、セイの瞳が限界まで開かれる。


「っな、何ですかコレ?」

「布団ですよ、風邪を引いているんでしょう」


そう言いながらも布団を敷く手を止めない沖田に慌てて、私がやります、と言えば、いいから大人しくしておきなさい!と怒られた。そして布団が敷き終わると同時にその中へと押し込まれる。

顔だけ出した状態のセイを見て土方が笑う。


「らしくねえなあ、神谷ぁ」

「土方さんも笑ってばかりしないで下さいよ、熱だって結構あるんですから」


言われて気づいた。確かに身体が怠い気がする。額に手を当ててみると、やはり普段より熱いようだ。


「お前いつから気がついてたんだ」

「最近の神谷さんはくしゃみばかりしてましたから、何となく…」


セイに与えられた隊務は小姓役に加え賄方、勘定方とその他諸々。忙しさからきた寝不足と季節の変わり目で体調を崩したなかもしれないと土方と沖田は話す。
淡々と話す二人を見て、セイは何故か情けない気持ちになった。


「…という訳で、」


視線を感じて二人を見ると、何やら二人して真面目な顔してこちらを睨んでいる。私が何かしただろうかと少し心配になった。


「な、何でしょうか?」

「笑って下さい、神谷さん」

「へ?」

「笑いやがれ、神谷」

「ちょ、意味がわかりませんが」


真面目な顔して笑えですと?先程の会話からどうやってそこに飛んだんですか。


「今日は神谷さんが笑った所を一度も見てないんです」

「俺はどうでもいいがな」

「という訳で、笑って下さい」




笑え!




(はい、わかりました、)
(…って笑えるか!)




09/08/27



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