ありがとうの言葉を 時折聞こえてくる心の声が私の原動力。そっと、両の手を胸にあて目を伏せた。 それは昔自身と交わした約束だった。 「ありがとう、ございました」 溢れ出てくる涙を手で拭い、襖のその向こうで寝ているだろう人たちに別れを告げると、そのまま踵を返して勢いよく山道を駆けた。さよなら、と小さく呟いた言葉をその場に残して。 (女子の自分に何が出来る?) 走り続ける私に”声”が語る。それでも構わずに思いっきり足を踏み出した。 (あなたに人が殺せるの?) 駆けていた足が止まる。 自分がこれから行おうとしているのは紛れも無い仇討ちだった。すなわちそれは人殺し。”声”は続ける。 (ワタシは武士じゃない。ワタシは何も出来ない女子だもの) 迷いがなかった訳ではない。争いごとが好きだったこともない。武士に憧れを抱いたことはあったが、人を殺すことに躊躇いがあったことも嘘ではなかった。 「でも、私は…」 この道でしか生きる道はないから、他に生きる術など知らない人間だから。 「…ごめんね」 後方から自分の名を呼ぶ声がした。その声に耳を傾けて、ふいに笑みが浮べる。 「私はもう女子ではありません」 駆け出した足は、もう止まることはない。私は自分との誓いを果たす為だけに生きようとした。 顔をあげて、いつの間にか溜まっていた涙を強く拭った。 「いまの私には守りたいものがある。だからもう、」 心配しなくていいよ、と大空に向かって呼びかけた。 もう迷わない。迷うつもりなどはない。だって、ほら。 あの日と同じように自分を呼ぶ声がする。だだ一つだけ違うのは、その声が穏やかで優しく力強い、何よりも大切な人のものだってこと。 さよならをそっと込めて微笑んだ (ありがとう、私の心配をしてくれて) ▼title:千歳の誓い 09/08/08 |