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いつか溢れる優しさに
 


「もう無理に笑わなくていいんですよ」


その一言、たった一言が私を救ってくれるのだと感じた。目の前で笑うこの優しく美しい娘を見て、ただ思う。


(どうして今まで気づかなかったんだろう)


己が何よりも大切に、守りたいと思った少女は、誰よりも強く誇らしい武士だった。
彼女と出会ったのは、娘盛りでそろそろ縁談があってもいいくらいの年頃だったと思う。


「沖田先生のお側にいます。私は、武士ですから」


いくら隊から追い出そうとしても彼女は首を縦に振ろうとはしなかった。いつものように静かに微笑んで、頑なにそれを拒んだ。


「沖田先生」


伸ばされた手にとてつもなく縋り付きたくなった。気づけば、自分より幾分も小さな身体に抱きしめられていた。背中に回された小さな手に、ただ泣きたくなった。彼女の肩に押し付けるようにした額がどくりと脈を打ち、途端に目の奥が熱くなった。







私はまだ、闘えたはずなんだ。やるべきことも、たくさんあった。まだ近藤先生の役に立ってない。土方さんにだって言いたいことがあった。永倉さんに私の代わりに一番隊を率いてくれてありがとうございましたって言わなくちゃいけないんです。斎藤さんや隊のみんなに謝らなくちゃ。いつかあなたと交わした、桜を見にきましょうね、の約束だって果たせていない。あなたに伝えたいことだってあるんです。

やるべきことはたくさんあるんです。思い出したらキリがないくらい。


「大丈夫ですよ」


先生が言いたかった言葉はちゃあんと皆さんに伝わっていますよ。先生が新選組のことを好きだったように、皆さんもあなたのことが大好きだったんです。仮に伝わっていなかったとしても、私があなたの代わりに伝えに行きます。だって私は、一番隊隊士の神谷ですもん。それが私の使命です。だから、あなたは何も心配しなくていいんです。


「…なんだか心配だなあ」
「失礼な。私だってもう子どもじゃないんですよ」
「あはは、そうですね。…では、お願いしましょうか」


そのいち。
任務が終了次第、すぐに北へ向かうこと。
決して、後ろは振り向かないでください。
その、に。
ここで過ごしたことを全て副長に伝えなさい。
もちろん、あなた自身のことも含めて報告すること。あとのことは副長の指示を仰ぎなさい。
そのさん。
これはひどく個人的な頼みなんですが…。
できれば、その後も土方さんの側にいてあげてください。私の代わりとして剣を振るい、あの人の支えとなって。


「…承知いたしました」


終わりへと近づいていく足音は、もうすぐそこ。
戻れない時間を惜しみながらも、最期には笑って眠りたいから。
涙に揺れる黒の瞳に映る自分は確かに笑っていた。だけど、確かに泣いていた。


もっと生きたかった、もっと笑いたかった。
もっともっと、大好きな人たちに囲まれて泣いたり笑ったりしたかった。

しあわせすぎた日々はもう戻らないけれど、私はたしかに生きていた。彼女も共に笑っていた。生きていたんだ。

二人のしあわせを彩って朽ちていく世界を背に静かに瞳を閉じる。どうか願わくば、



刹那の別れが涙を誘おうとも、いつか溢れる優しさに変わることを。



▼title:空想アリア

10/06/02



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