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いと恋しきは春の夢



寒空の下、視界の端に小さく咲く花が映った。



「何をしてる」


低音が耳に響く。存外、早く見つかってしまった。くすりと笑みを零してゆっくり後ろを振り返ると、そこには思っていた通りの姿があった。


「副長こそどうしたんです」
「別に。ただ通りかかっただけだ」
「そう、ですか」


お互い多くを語らず。
いつからだろうか、私たちの間に会話が減ったのは。必要最低限、それ以外の話はしない。少し前までの隙あらば悪態をつき騒いでいた二人が懐かしく感じた。


「調子はどうだ」


誰の、とは言わないのは彼の気遣いだろう。私は視線を足元の花に戻して、ぼちぼち、と呟く。
気まずい空気が辺りを漂っている気がして、軽く咳込んだ。ひゅっと風を切るような音が鳴る。風に乗せて花が揺れる。まるで、大丈夫かと心配してくれているようだった。


「急に思い出してしまって」
「何をだ」
「…沖田先生のことです」


端正な顔が悲しみに歪んだのが見えた。
ああ、やはり言うべきじゃなかった。彼の心には深い傷があり、まだ完全に癒えていない。いや、この傷はきっと完全には癒えることなどないのだろう。
そして、自分の胸にちくりと小さな痛み。自身も未だにあの人の死から立ち直れていないのだと悟るには充分すぎるほどだ。


「昔、言ってたんです。花が見たいって」
「……」
「だけど、どういう花かは教えてくれなくて」


ただの気まぐれですから忘れて下さい、そう言って微笑んだ姿が瞼に焼き付いて離れない。でも私は見ていた。彼の視線が道端の小さな草花に向けられていたことを、その小さな生命を見て切なそうに目を細めたことを。


「わからないんです」



(早く春にならないかなあ)
(桜餅でも恋しくなったんですか)
(それもありますけど…ただ花が見たいなって思っただけです)



自分にはやらなければならないことがある、だからまだ死ねない。そう言いたかったんだろうか。やがて春が過ぎ季節は夏を迎えようとしていた頃、彼はにこやかに微笑み穏やかな春の日だまりの中へと消えていった。私を一人その場に残して。


「わからないんです」



(土方さんは梅の花で、近藤先生はー…)
(副長は決定事項なんですか)
(ええ、土方さんは梅の花好きでしょう。だから決定なんです)
(あはは、そうですね。じゃあ局長はー、桔梗…ですかね)
(優しい愛情、ですか。いいですね)



「それでいいんじゃねえか」
「…何がです」
「わからないままでいいってんだ」


理由はどうあれ奴は春を迎えて逝ったんだ。きっと満足だろうさ。そう呟き彼は道端の花を見つめた。


「どうせ、もう総司はいやがらねえんだ。本当のことは解るめえさ」
「…寂しい、ですか」
「さあな」


いつか彼の人が教えてくれた。

あれは土方さんなりの照れ隠しなんです。
わかってあげてください、あの人のこと。本当はとっても淋しがり屋なんですよ。


「沖田先生は副長のこと大好きでしたよ」
「…知ってらあ」
「ふふ、会話の半分は副長の話なんですもん。ちょっとヤキモキ焼いちゃいました」
「なっ、」


ああ、そうだ。これが私たちだ。
二人共泣き言を漏らす質じゃない。突っ張ってそれでいてお互いを励まし合っている方がまだマシだ。



春はいい。みんなが幸せになれる気がするから。

空が青色から夕闇へと変わりゆく瞬間、人は温もりを求めるのでしょう。


さようなら、愛しき人。
私はあなたが見ていたかっただろう春を見守るため生きていきます。

また、いつか。




▼title:風雅


10/02/14



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