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生きた証が欲しいなら、



ポタリ、華奢な身体から血が滴る。その血は彼女の白い肌を深紅に染め上げた。


いつも通りに仕事をして、いつも通りに自分を汚すことなく仕事を終わらせた。足元には一人のエクソシスト。たった今まで自分と闘っていた女だ。


「なあ、」


無意識。何故か分からないが、口がそう動いていた。話し掛けるつもりなんてなかったんだ。ただ妙な違和感を覚えただけ。エクソシストが虚ろな目でこちらに視線を向けた。


「…まだ、何か用…?」


綺麗なソプラノボイスが俺の身体の中にすとん、と落ちていく。ざわり、と身体中が震える。ああ…そうか、やっと分かった。あの違和感の正体を。


「何で笑ってんの?」


あの妙な違和感は、死が近いというのに彼女は苦しむことなく、またそれに抗うこともせず、穏やかな表情をしていたからだ。


「……変なこと、聞くんだね」


ノアのくせに、と形のいい唇が呟く。俺はカチリと煙草に火をつけ、それを思いっきり吸い込んだ。


「別に、ただの好奇心で聞いただけ」

「…ふーん、」

「なあ、今何を考えてんの?」


死が怖くないのかと理由を尋ねると彼女は薄く微笑んだ。そんなもの怖くないわ、そう答えた。


「不安なときは楽しいことを考えるの。だから怖くない」

「…変わってるな、お前」

「あんたも、ね」


お揃いだな、とお互い声をたてて笑う。愉しい。何故だろう、こんな気持ちになるのは。月明かりが俺と彼女を照らして表情が見えやすくなった。やはり彼女は変わらずに笑っていたけど。


「……もしも、」

「ん?」

「もしも…私が死んだら、みんな私のこと忘れるのかな…」


血は止まることなく溢れ続ける。正直、こんな状態になってもまだ喋れるとは思っていなかった。驚きのあまり、この女は死なないんじゃないかと思ったが、それは違った。――声が、掠れてきている。


「忘れられるのが嫌なのか?」

「……生きた証が…欲しい、もの」

「………なら、」


最期の時が近い。ならば、せめて。









「俺が覚えててやるよ」

頬に何かが流れるのを感じるのと同時。ありがとう、の言葉と満面の笑みを俺に残して、彼女は静かに息を引き取る。
「おやすみ」と呟いて、俺はその場を後にした。




09/09/05



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