未来はそんなに遠くない
「こんな汚い世界なんて嫌いよ」
そう言って何時ものように身体を草原へとダイブする彼女。その瞳は頭上に見える大空に向けられていた。
女の子が普通ダイブなんかするか?とか思いながらも僕も彼女を見習ってその横に向かってダイブ。
「あ、アレンが真似したー」
「別にいいじゃないですか、減るもんじゃないし」
ゆっくりゆっくりと流れていく時間に、なんだか気分がまどろむ。あー、空が青いなあ、なんて呟いてみたり。そんな風に空を眺めてたら、アレンー、とハリのない声が聞こえた。
「なんですかー」
「さっきの話、聞いてたー?」
「まあ…それなりに?」
「何で疑問系なのよー。じゃあ、そのまま聞いててね」
そして彼女は目を閉じ、目の前にあるものを全てシャットダウンした。僕はそんな彼女を見つめる。彼女は再び、こんな世界は嫌い、と呟いた。
「戦争ばっかりするし」
「ええ」
「人間は醜い。…あ、良い人だっているけどね」
「…ええ」
何で同じ返事しかしてくれないの、と頬を膨らませる彼女に苦笑した。聞いてあげてるだけマシでしょう?そう言ったら、何ソレ、と笑われた。
どこからか心地よい風が吹いて僕たちの間を通り過ぎた。
「同じことを繰り返してるだけなのにねー」
「…」
「結局は力の争いだもん。勝ったって虚しいだけなのに」
「そう、ですね」
戦争は悲しい。昔誰だか忘れたけどそんな事を言ってた。人間だってそうだ。戦争を招くのは人間。そして、争いによって多くの悲劇を生むも人間。何故人はその事実に気付かないのか。つくづく嫌な世界だと溜め息を吐いた。
「…未来ってあるのかなあ」
「っな、何言ってるんですか」
いきなりとんでもない事を言い出した彼女に驚き、思わず起き上がる。
仮にも、世界の為に闘う僕らだ。そんな事を言うもんじゃない。そんな言葉を一気に言い放ったら、ううん、そうじゃないの、と彼女は首を振る。じゃあ、何に対しての?じーっと彼女の横顔を見つめているとふと、目が合い彼女はにっこりと微笑んだ。
「私の未来!」
どくん、と心臓が跳ねた。
「私ね、もう十分過ぎるほど頑張ったと思うんだよね」
草の上に寝たままで、んーっと伸びをしながらまるで何事もないように言葉を紡ぐ。
「そりゃあ、まだまだやらなきゃいけない事があるよ。でも死にたい訳でもないの。あー、何て言ったらいいんだろ」
彼女は再び目を閉じて、自分を嘲笑うように呟いた。
「もういっかなー、なんて」
胸が張り裂けそうだった。
口にはしないけれど、恐らく闘い続けてきた彼女の身体には限界が近づいてきているのだろう。それを承知の上でこうやって世界の醜さを語るのだ。
「…傷、そんなに深いんですか」
「まあねー」
それでも彼女はいつも笑うのだ。屈託のない笑顔で、時に遠くを眺めて。
「ねえ、アレン」
先程とは違い、妙にはっきりと名前を呼ばれて顔を傾ければ、そこには切なそうに顔を歪めながらもなお笑う彼女が僕を見据えていた。
「アレンは私と未来でずっと一緒にいてくれる…?」
なんでそんなことを。
そう口にしようとしたけれど、何故か声が出なかった。途端に滲む視界。
溢れそうな涙を隠そうとして隣であたふたしてる彼女を力いっぱい抱きしめた。
未来はそんなに遠くない
どうせなら、もっと幸せな未来を語りましょうよ。きっと素晴らしい未来があるはずだから。
そう呟いた先にもう君はいなかった。
▼「百」さまに提出。
09/08/21
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