だって、触れたら消えてしまうのよ
彼は時々、救えなくなる。
アクマにされた魂を、人間を、大切な人たちの命を。
いくら神の使徒とはいえ彼は神様じゃない、彼も私と同じ…つまりは人間だもの。
「こんなんじゃいけないって思ってるんです」
ポツリ、ポツリと彼の唇が動く。彼は私に背を向けていて、あんなに大きく見えた背中が今はすごく小さい。
「もっと強くならなきゃって」
膝を抱え、小さく呟く。その姿はまるで何かに怯えるかのように見えた。
(ねえ、君は何に怯えているの?)
「コムイさんが言ってたわ。アレンのせいじゃないって」
この部屋から一歩外へ出ると、そこはもう悲しみの渦。大量の白い棺、人々の泣き声、そして傷だらけのかつては仲間だった人々の残骸。
小さな小さな背中に少しずつ近付いてそっと手を伸ばした。でも、途中でその手を止めた。彼の肩が震えていたから。
「ねえ、アレンは独りじゃないんだよ」
誰かを救える破壊者になりたかったんじゃないの?
一人で抱え込まないでよ。もっと私を、みんなを頼ってよ。ねえ、アレン。
ふと私を呼ぶ声がして視線をそちらに向けた。そこには弱々しい光を放つ銀灰色の瞳。
「僕はまたみんなを守れなかった」
「…ううん、そんなことない」
「僕は人間とアクマを救いたいんです」
「知ってる、いつも頑張ってるもんね」
そう、私は知ってる。
彼はそうやって誰も知らぬ間に傷ついていくんだ。彼は優しい人だから、そうやって仲間にも何も言わずただ一人で抱え込む。自分も人間だという真実に目を背けて。
「――…どうして僕はいつも」
マナ、と小さく唇が動いた気がした。
彼から聞こえてくるのは後悔の言葉だけ。いくら私が名前を呼んでも反応が無かった。ああ、彼はこんなにも無力で儚かったんだ。
「…僕は間違ってるのかな」
消え入りそうなか細い声で彼が問うた。
ねえ、どうして貴方はそんなにも全てを抱え込もうとするの?どうして仲間を頼ってくれないの?
だけどその言葉を口にするほどのチカラを私は持っていなくて、ただ小さく見える彼の背中を眺めた。
「…アレンは間違ってなんかいないよ」
漸く出て来たのはこれだけ。
そう、ただ信じるしかないのだ。だって真実の答なんて誰も知らないんだもの。
ただ信じて、前に進む。それしか方法はないんだ。
だって、触れたら消えてしまうのよ
(私はただ見つめるしか出来ない)
(近くて遠い、あの背中)
▼「頬を伝う涙」様に提出。
09/07/14
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