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抱き締めて下さい。一度だけでいいから


言葉はいつも伝わらなくて、伝えることが出来なくて。不器用な自分はいつか言おう、伝えようと思うばかりで、とても浅はかだったと今更ながらに気付いた。





「今日は天気がいいねえ」


白で統一された無機質な部屋の中、彼女の声が音もなく響く。必要最低限の物だけ用意されたこの部屋は、ここだけ全ての時間が止まってしまったかのようで静かだ。
もう殆ど動かない身体で何とか首だけ動かし彼女を見ると、彼女は微笑みながら空を眺めていた。


「…君は、もう自由ですよ」


掠れた声で発せられた言葉は静かに部屋の中に響く。微笑んだまま彼女がゆっくりと振り向く。別れの言葉のはずだったのにな、と小さく苦笑。不思議なんだけど、微笑む彼女の姿が酷く悲しみに滲んでいるよう感覚がした。笑ったままの彼女が僕の頬の傷に触れる。


「次は呪い、消えてるといいね」


今度はもっと、皆が幸せになれる世界で会いたいね、二人で手を繋いだりして、お出かけしたり。もし来世で会えたら、次はアレンがわたしを看取ってね、約束だよ。


「ねえ、わたし幸せだったよ」




寄生型だった僕のイノセンスは、自身を蝕み、そして死に追いやった。昔、誰だか忘れたが、「寄生型適合者は希少である」と言っていた。希少と言われるその理由は今まさにこの状況なんだが、僕は別に後悔はしていない。生命はいずれ散っていく運命。だから、僕はこんな最期を迎えてもいいと思っていたんだ。
そう言うと彼女は笑って「まだ死ぬには早いわよ」と僕の背中を叩いたけど。


「アレン、」


だけど本当は知っていたんだ。君はいつも一人、誰もいない所で泣いていたこと。礼拝堂に行き、僕のために一日中いるかも定かではない神に向かって祈り続けていたこと。

ポタリと光の粒が僕の瞼に落ちる。ああ、彼女が泣いている。日の光を浴びた彼女はとても綺麗で儚かった。


「わたしの声が聞こえる…?」


聞こえる、聞こえてるよ。もう姿は見えないけれど。叶うかも解らない約束が妙に哀しい。


「…さいご、に」


暗くなりかけた視界を無理にこじ開け、小さな身体を力いっぱい抱きしめた。少し身体を強張らせた気配と背中に回される温かい腕、二人して小さく笑った。


「…アレンより、わたしの方が力強くなっちゃったね」

「…はは、そうです、ね」


笑う声に混じって泣き声を聞いた気がした。




…本当は、もっと生きていたかった。

もっと美味しいものを食べて、綺麗な景色を眺めたり。もっともっと、彼女の隣で、何よりも大切な人を守る。そんな存在になりたかったんだ。
やり残したことはある。でも、そのことに気付いても僕は何も出来ず、あまりにも無力すぎた。



「ありがとう、わたしを…皆を護ってくれて」



でも、後悔ばかりの人生の中でこう思ったこともある。誰かに看取られて死ぬ人生も悪くない。

今度こそゆっくりと閉じていく瞳。抱きしめ合っていた身体が離れていき、君は僕の瞼に優しく口付けを一つ落とした。









あいしてる、あいしてた、あいしていたんだ。

意識は遠くまどろむ。視界の端で君の笑顔を見た気がした。



「ずっと、あいしてる」



▼「A fleeting love」さまに提出。

09/10/25



あきゅろす。
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