忍ぶ心
――この想いは何でしょうか。
私の思い過しでしょうか。
あなたのお傍にいられるなら、
私は何も苦ではないでしょう。
思いを募らせここまで来てしまった私。
許されるのなら、
どうかこのままで……――
『忍ぶ心』
「マリア、ティレニアへ向かってくれないか」
「――――は……?」
大きな部屋の片隅で花瓶の水を替えていたマリアは、その手を止めた。
白い陶器によく映える赤の花を軽く握りしめ、もう一度問う。
「……あ……ティレニア、ですか?」
「ああ」
「ですが……軍事機関の管理はレッドに任せたはずでは……」
「機関の管理ではない。マリア、頼みがある」
マリアを驚かせた人物、銀の騎士は穏やかな笑顔で言う。
「あの娘は何も知らない……きっと慣れない機関で戸惑っているだろうから、手助けをしてやって欲しい」
この時マリアは、一応視野には入れていた者の存在を聞き、少し顔を曇らせた。
―あの娘―
とは、間違いなく今、軍事機関という名の隔離館で保護されている少女、コウ。彼女は精霊の王だがその存在を周囲に知らせる事無く、独断で彼女を保護した男、マリアの主、リセイ。
彼はコウを見つけ、世間に曝されない様に守った。その身の程を知りながら。リセイは帝国神軍の長。精霊の王は世界の宝だ。見つけたもの勝ち、と言っては失言だが、実際そうなのだ。
どの国が先に精霊王を見つけ、その加護を得るか。それは世界中の国々にとって非常に大事な事だった。
「リセイ様……少し、関わり過ぎではありませんか……?」
マリアは不安を露呈する。それに対しリセイは少しも戸惑いを見せなかった。そんな事、他人に言われなくとも分かっているのだから。
「構わない。それよりもコウを救う方が先だ」
「……っリセイ様!」
滅多に大声を出さないマリアが、この時ばかりは声を荒げた。リセイの表情が少し強張る。
「この事が王に知れれば、貴方だとて無事では済まされませんよ!?」
「まぁ……何かしらの処分は下されるだろうな」
「リセイ様!!」
マリアは冷静さを失っていた。しかしこれは仕方の無い事。ずっとずっと慕い護ってきた主が、確実に危うい方向へ向かっていると分かっていて……それをおめおめ見過ごすだろうか?
「嫌です……例え貴方様の命令であっても……それだけは出来ません!」
リセイは口を閉ざした。マリアがこう言う事は最初から分かっていたが……それでもコウを一人にさせることは出来ない。
「マリア、我侭を言うな」
緊迫した部屋に声を投げたのは、金髪の司祭、アモン。彼はマリアの実の兄でもある。
「お兄様……ですが!」
「いい加減にしないか、マリア。それくらいリセイも分かってる」
「――――っ」
マリアはぱっと顔を背けた。この男達が何を考えているか分からない。理解できない。
「……俺らの目指すものは何だ、マリア」
「――――え?」
アモンは静かに部屋に入り、マリアの前に立つ。
「平和な未来を創る為、その為に皆必死にここまで来た。……だが、アムリアは現れた。これを善ととるか悪ととるかは……俺ら次第なんだ」
「私達、次第……?」
マリアは顔を上げた。すぐに飛び込んできたのは兄の優しい紫紺の瞳だった。横で黙っていたリセイが漸く口を開く。
「私はコウに賭けている。彼女が導く未来は……きっと我らの願ったものだと」
「そ……れは……」
何がリセイを突き動かすのか、そんなにも信頼しているのは何故なのか。マリアの心を徐々に乱す存在、アムリアは……一体何者なのか。少し、興味を抱いた。
「お兄様……私が離れている間は……」
「心配するな、お前の分もリセイを護るから」
「……わかりました」
マリアの苦渋の決断。それはいずれ望んだ未来へと繋がっていく事を、今は気づかない。
――貴方を護りたいと思うのは
きっと皆同じ。
だけど、全てじゃない。
私の中には、もう一つ、
許されない感情がある。
それは幼い頃に生まれ、
未だに息づいている、心。
今までもこれからも、
この想いを口にする事は無いでしょう。
だからこそ、貴方だけは
どうか幸せに……――
[完]
07.11.23
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