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なんて残酷な真夜中の君(4〜5章) 


4章〜5章「出発−朝」にて


 真夜中、天の間には部屋主のコウと衛兵フレアン、そして執事ダイスが寛いでいた。

「コウ様、明日は朝も早う御座います。そろそろお休みになられては如何かと」

「うん、分かってるんだけど……眠れる気がしなくて」

 困ったように笑うコウは、本当に少しの不安を抱えていた。頭で理解していても体が眠ってはくれなくて。四苦八苦するコウを見てダイスが掌をぽんと叩いた。

「そうだ確か……よく眠れる飲み物が御座いましたな」

「何それ?」

「少々お待ち下され」

 ダイスは何やら嬉しそうに部屋を出た。まるで孫にプレゼントする時のお爺だ。コウは寝台に座り膝の上にルーンを乗せる。


++++++++++


 暫くして再び天の間の扉が開いた。そこには嬉々とした表情のダイスがいて、片手に湯気の立ち込めるカップを持っていた。

「コウ様、こちらをどうぞ」

 ダイスに手渡された飲み物。白いカップの中には薄黄色の液体が並々にある。匂いには僅かに甘さがあった。

「とても体が暖まりますから、少しは気も落ち着くかと」

「ありがとうございます」

 コウはそれをごくりと飲む。予想通り甘くて美味しかった。二口、三口と飲み進め、全てを飲み干した頃には頬が少し赤くなっていた。

「暖まったか?」

 隣に居たフレアンが優しく問いかける。すると何を思ったか、コウは彼の袖を少しだけ掴んだ。

「ん? どうした?」

 何か言いたげなコウの顔を覗き込む。少女の顔は頬と言わず全体が赤みを帯びていて豊満であった。フレアンは動機が激しくなるのを感じながら、視線を反らせずにいた。

「もう眠れるだろう? 横になって」

 そう言いながらフレアンは片腕をコウの背に回す。だがこの時思いもよらない言葉を耳にした。

「フレアンさん……一緒に寝よ?」

 ――ビシ、と固まったのは勿論青年の体で。同時に思考も完全に止まった。

「…………え?」

「ね? 寝よう? いいでしょ?」

「いや……それは流石に……」

 フレアンは全身から汗を流す。何を言ってるんだこの娘は、と。

「ねーるーの」

「コウ?」

 最初は彼女の発言に驚いていたフレアンだが、何か様子が変だ。

「一体どうしたという……」

「フレアンさーんっ」

 困惑するフレアンを他所にコウは彼に飛び付いた。衝撃でフレアンの体を巻き込んだまま二人は寝台に横たわる。慌てて起き上がろうとする健全な青年に対し、惨たらしくもコウは彼の体にのし掛かった。

「コウ!?」

 普段からは想像もつかぬ程に焦るフレアン。しかし彼は異変に気付いた。

「君はまさか……酔っているのか?」

「むふふふぅ……」

「むふふって……」

 フレアンは奇声を出すコウに確信を持つ。やはり酔っている、それも完璧に。

「ダイス殿、コウに何を飲ませたのですか」

「それが……生姜湯なんですが」

「生姜……まさか」

「いえいえ間違いありません。確かに生姜湯です」

 フレアンは飲み干されたカップに鼻を近づける。確かに酒臭さは全くない。

「生姜湯で酔えるとは……」

 信じられないという呆れ顔の青年は、未だに離して貰えない袖を引く。がやはり手を離してはくれなかった。

「どうしろと言うんだ……」

 情けなく声を出すフレアンに、ダイスは一言。

「信用していますからね」

 フレアンの目の前は真っ暗で、救いの手を差し伸べる者はいなかった。このまま一夜を過ごせと言うのか。しかも信用しているときた。念を押されては迂濶に手も出せない。

「それではフレアン殿、頼みましたよ」

 部屋を出るダイスがどこか嬉しそうに見えたのは気のせいか……? フレアンは視線を降ろし、傍で眠るコウを見つめた。そう、見ることしか出来ない。この部屋には樹と風の精霊がいて、過ちを起こそうものなら命を取られかねない。この異様な空間の中、フレアンはただ幸せそうに夢を楽しむコウを見つめ続けた。
++++++++++


 どれくらい時間が経ったのか分からないまま、外から聞こえてきた鳥の鳴き声に意識を取り戻す。

「嘘だろ……」

 外はすっかり明るくなっており、古時計の鐘が六つ鳴った。そう、俺は丸々五時間ろくに瞬きもせずにコウの寝顔を見ていた事になる。無防備な女を目の前にして結局何一つ手が出せなかったのは、俺が臆病者だからか? 別にそれでも構わない。

 そうして……何もしなかった利口な俺にコウがくれたものは、寝不足によく効く容赦ないパンチだった。こんな理不尽な事があってたまるかと思ったよ。だが俺はこの時確信してしまった。見た目、行動は少年の様に粗末なこの娘を、いつの間にか不可侵の存在に位置付けていたという事に。

 俺はこの娘に、今まで誰にも晒さなかった心の一部を預けた。それは彼女自身も気付いていない、勝手で一方的なやり取り。もしこの先彼女の傍にいられなくなったとしても、預けた心が再び二人を繋ぐと信じて……。




[完]



 08.1.5 (C) りひと




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