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耀ける乙女達へ(8章) 

 39話「トレスランド」と同時期のお話です。
 ※ネタバレ注意



 ここは帝国最大の都、帝都ラクセル。

 王城ヴェーゼンスの一角にある、王属司祭の集まる場所─司祭院─で、一人の男が庭を眺めていた。
 広い中庭の、小さな池に浮かぶ蓮が笑っているかのようで。
 反対に、水面に映る自分の顔は冴えないものだ。

 男の名はアモン=シーモア。王属司祭長として欠かせない白の聖冠は既に足元へ放り投げられ、あろうことかその冠を足先で転がして遊んでいる。

 彼は仕切りに唸り、頬杖をついて空を仰いでみた。

 今日は晴天。
 澄みきった青空は何処までも続いているはずだが、四方を建物で囲まれている中庭からは四角い空しか見えなかった。

「──なーんで今思い出しちゃったのかなあ。やっぱり、瞳の色がクリスと同じだったからかな。それとも──」

 アモンは下を向く。

「それとも、“あの子”がここに近づいているから、かな」

 精霊に癒しと繁栄をもたらす琥珀の女神、なんて人々は言うけれど、私はそうは思わない。
 一見向こう見ずの、実は人懐っこい、憎みきれない少女だ。

 彼女は今頃どの辺りに居るだろうか。きっとエルメアの監獄なんて当の昔に抜け出していて、中央平原を駆けているところか。それとも迂回して荒野を渡っているだろうか。

 だとすれば、必ず行き着くのが、帝国中部の大都市、クシャトリナの大聖堂だろう。

「クシャトリナは故郷の近くだからなあ、昔はよくクリスと遊んだっけ」

 クシャトリナ領主バルト=リーチェルの一人娘、それが正真正銘、あの男勝りなクリスである。

「何が切っ掛けで出会ったんだったかなあ。確か……」

 確か、出会ったその直後に言われた言葉は──なんだお前は? 軟弱そうな男だな、邪魔だ──

「……うん、間違いない、そう言われたんだよね」

 いきなりそれは酷いもんだ。
 けれど言われてみれば確かにあの頃の自分は、体つきは貧相で、背も小さく、色白の肌に長い金髪──所謂“美少女"だったのだ。

 その反面、クリスは領主の子供で、腕力も凄まじく、町の腕相撲大会では子供の部で優勝した経験もある。
 アモンは勿論、父親の手伝いが忙しかったのと、元々大会なるものに興味がなかったので参加すらしていない。

「面倒なのは嫌いだからね。──けど」

 彼女に呆れられるくらいなら、もっと鍛えておけばよかった。

「なんて、今さらかね」

 アモンは庭の木枠から離れ、中庭を囲う回廊へ入る。
 休憩はこの辺で終わらせて、山積みになった書類を片付けなければ。
 そう試みるも、気分が乗らない。

 アモンが回廊をぶらぶらと散歩していると、遠くからわめき声が聞こえてきた。
 アモンは両耳を塞いで咄嗟に身を隠す。


「っああ〜! もう! アモン司祭長は何処に行ったんだよ……あ! いた!」

「あ〜あ、見つかったか」

「あ〜あ、じゃないですよ! ちょっと目を離すと直ぐ逃げるんですから……さあ! 書斎に戻りますよ!」

 アモンよりも五つほど年下の彼は、眉を最大限歪ませて叫ぶ。
 だいぶ息が切れているから、アモンをずっと探していたのだろう。

「私の世話役になったのが不運と思ってくれよ。初めに言ったけど私は仕事が嫌いだからね」

「んな我が儘が通用すると思ってんですか!?」

 若い彼は鼻息を荒くしてアモンに詰め寄る。

「……君は熱心だねえ」

「感心しないでください! ほら、行きますよ!」

 若い司祭はアモンの背中を強引に押す。それを振り払うことすら億劫になったアモンは大人しく書斎へ戻ることにした。

 途中、不意に目に留まった蓮が、風に揺れて波紋を描いた。

 映し出された空が歪む。

「……こうやって、腐敗したこの国を歪ませて、騒がせて」

 ──やがて深い膿が消えてしまえば、想い描いた未来に辿り着けるだろうか。

「はい? 何か言いましたか、アモン司祭長」

「ん〜、別に〜」

「あっそうですか」



 鍵を握るのは、精霊の女神──琥珀の少女だ。


 全てが詰まらないと、投げやりだったアモンの表情が、一瞬にして含みをもつ。

 彼女は今頃どの辺りに居るだろうか。

 早く、早くおいで──。






 [終]



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