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彼女の誘惑に耐えろ1 


 ※港町メノウ宿屋にて、クルーバード劇団の見せ物を見に行く前のお話。



 彼女のお願いには逆らえない情けない彼、フレアンは、風呂上がりに薄着で宿をうろうろする彼女に苛立ちながら、水を飲んでいた。

「あ、いいなフレアンさん。私も喉渇いたよ」

「棚の中に飲み物が入っていたぞ」

「ほんとっ!? 何飲もうかなぁっ」

 コウは鼻歌混じりに棚を開け、中から飲み物をあさり始めた。それを横目に見ながら、フレアンは空のコップを流しに置く。
 コウは何かを見つけたらしく、嬉しそうに手に取ってごくごくと飲んでいた。
 日常化し始めたコウと過ごす夜に満足しながら、ソファーに腰掛けるフレアンは、これ以上無いほど幸せそうな顔をしていたに違いない。
 彼は雑誌を広げ、劇場の開始時間まで暇を潰す事にした。

 このまま何事も無く終わってくれると、彼はそう思っていた。
 だが、コウはまたもやってしまったのだ。

『フレアン……コウの様子が変なのですが……』

「……ん?」

 ふわりと飛んで来たのは、薄緑の体をした精霊カルロ。彼の様子が変、と言うよりも、何かを心配している様で、フレアンは何気なく寝台に座るコウを見た。
 するとコウもフレアンを見て、柔らかくにこりと笑った。

「……どこか……変か?」

『いえ、確かに普通に見えますが……実は──』

「──何!?」

 話を聞いたフレアンは血相を変えて立ち上がり、コウの元へと飛んで行った。
 直ぐに彼女の手から飲み物を奪い取り、中身を確認する。

「……! これは……」

 フレアンが言い終わる前に、コウが彼の手を掴み、ぐいっと自分の方へ引き寄せた。
 不意を突かれたフレアンは前屈みになり、そのままコウを捲き込んで寝台に倒れ込んだ。
 直ぐにがばっと起き上がるが、コウはしっかりとフレアンの手を握って離さなかった。

「コウ……またか……」

「ふふふっ。フレアンさんスキー」

「分かったら、離れなさい」

「いーやっ」

 コウが飲んでいた物。それは勿論、アルコール入りのグレープフルーツジュース。以前生姜湯で酔っぱらった経験があるコウは、今回は完璧に酔っていて、かなり目が据わっていた。
 風呂上がりの淡く紅葉した顔で、加えて上目遣いで見詰められ、フレアンは何もかもを放り捨ててしまいそうになった。──が、鍛え上げられた理性により事態は免れ、取り敢えずコウの機嫌を損ねない様にと慎重になる。

「フレアンさん……触っていい?」

「──っ!?」

 擦り寄るコウから目を反らしながら、今の要求は何だったのか確認してみる。

「え……な、何を?」

「くちびるっ」

「……唇?」

 フレアンが理解する前に、コウは人差し指で彼の下唇をなぞり、最後にぷにっと押した。 予想通り、フレアンは硬直化している。

「うーん……何でそんなに柔らかいの? 私のは気持ちよくない……」

「……いや、そんな事はないだろう」

 「だって」と、コウはその指を今度は自分の唇に押し当てた。
 鳩豆フレアンは、もう声も出ない。

「……やっぱり、フレアンさんの方が柔らかい」

 まだその事に拘っているコウに、掛ける言葉が見つからない。フレアンが地味に右往左往していると、コウが彼の手を取って、更なる刺激をフレアンに与えた。

「私のも、触って?」

 ──ピシッという音が聞こえてきそうな、そんな顔になる純粋なる青年。違うと分かっていても色々考えてしまうのは、健全な男子なら責められまい。

「いや……さすがにそれは……」

 徐々に後ずさる彼の手を掴み、そっと自分の頬に当てるコウ。
 「触って?」と懇願する彼女の誘惑に負け、フレアンは親指でコウの下唇をなぞった。

「どー? 柔らかい?」

「……ああ」

「キモチイイ?」

「……気持ちいいよ」

 段々と、フレアンの目の色が変わり始める。少し呆れた目から、愛しい者を見る目へと。

「据え膳されたら食わないとな。男が廃る」

「?」

 まるっきり意味の分かっていないコウは、目を丸くしてフレアンを見ていた。
 淀み無い、真っ直ぐなその目が心地よくて、同時に強い支配欲が芽生えた。

「コウ……」

 フレアンはコウの頬を手で覆い、少し開いたその唇に自身を重ねようとした。




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