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番外*とある老婆の恐怖体験


 二千年前の、ある日の出来事。


 ここは精霊村。仲睦まじい男女が田畑を耕していた。男の名はルシア。彼は精霊の王として確かに覚醒はしたが、前と変わらず貧しい村で暮らしていた。その傍らで作業を手伝う女の名はルーン。彼女は古の風精霊であり、常にルシアを守っていた。

『ルシア、そろそろトエさんの所に戻ろう』

 ルーンの提案に、今まで鍬を振りかぶっていたルシアが顔を上げる。彼は優しく笑うとその手を止めて、ルーンの傍まで近寄った。

「そうだね、今日はもう終わりにしよう」

 愛しそうに見つめるルシアを前に、ルーンは僅かに顔を赤らめる。少し気まずくなりながらも、二人は並んで平屋に向かった。


++++++++++


「ただいまー」

 と、ルシアは元気に引き戸を開ける。いつもなら夕食を用意したトエ婆さんの姿が見えるのだが、居間を覗いても彼女はいなかった。

「トエさん?」

 居間に上がり、台所へ入る。そこには地面に座り込んだトエがいた。

『トエさん!? どうしたんだ!?』

「あぁ……ルーンか……痛たたっ」

「無理をしては駄目だとあれ程言っておいたのに……」

「ふぐぐ……その棚の上にある網を取ろうとしたら……」

「見事に腰を痛めたのですね」

 半ば呆れながら物を言うルシアは、トエの体を支えて寝所に連れていった。何かをしてあげたいと強く思うルーンの目に留まった物、それは夕飯の支度の途中だと思われる散乱した台所だった。

『……よし! やるぞ!』

 意気込んで夕食作りにチャレンジしだした風の精霊。その事にルシアが気付いたのは暫くたってからの事で……。


++++++++++


「このまま横になっていれば明日には良くなるよ」

「すまないね、ルシアさん」

「いえいえ……あ、じゃあぱぱっと夕飯作ってきますから」

 この時代、若い男が言う台詞とは思えないが、ルシアは寝所を出て台所に向かった。

「……ルーン、何してるの?」

 小汚ない台所に一人の女が立っていて、白い短目の前掛け姿で甲斐甲斐しくも料理をしているではないか。あまりの可愛らしさに後ろから抱きつきたくなったが、衝動を抑えてルーンの傍に歩み寄る。

『お、ルシア! 丁度いい所に来たな。これ作ったんだ、トエさんに食べさせてあげようっ』

「これ……芋の佃煮に野菜の漬物……皆ルーンが?」

『当たり前だ! 私だってやれば出来るんだからなっ。トエさーん!!』

 ルーンは元気よく走りだし、自慢の晩御飯をトエの所に持って行った。突然の事にトエ婆さんも驚いていたが、笑顔で料理を受けとる。

「ルーンよくやったねぇ、とても美味しそうだよ」

『さあ遠慮せずにどんどん食べてくれっ』

 トエはゆっくり体を起こし、いい匂いをさせる佃煮を口に入れた。もぐもぐと何度か噛む内に……トエの顔が青ざめてきた。

『トエさん? どうかしたか?』

「うぅ……」

『え!? トエさん! うわールシア大変だぁっ! トエさんが気を失った――っ!』

 ――パタリ。

 あまりの☆※○%♀にトエは完全に意識を持っていかれた。



++++++++++


「……おや?」

 小一時間経って目を覚ましたトエ婆さんは、傍らで心配そうにしている少女を見つけた。自分の身に何が起こったのかすら分かっていなかったが、取りあえず大丈夫だと伝えた。

『急に倒れるからびっくりしたぞ』

「すまないねぇ……ところでルーン、あの夕飯は……」

『あ! すまん、もう残ってないんだ』

「ひぇぇっ!? あんたもあれを食べたのかいっ!?」←何気に失礼

『私じゃなくてルシアが』

「ルシアさんが……全部?」

『そう、あいつが全部食べた』

 信じられないと驚愕する婆さんの所へ、噂の青年がやってきた。

「もう起きれるんですね、よかった」

「あ……あんた、大丈夫なのかい? あんな地獄料理みたいなものを食べて……」

「え? 全然平気ですよ? 美味しかったのでつい全部食べてしまいました」

 と、照れながら言うルシアに、もう何も言うまいと固く口を閉じた。


 次の日。


「あれ……腰の痛みがない」

 不思議そうに呟く婆さん。こんなに綺麗さっぱり腰の痛みが引く事は今までに一度もなかった。

「昨日のルーンの料理に薬草沢山入ってましたからね、きっとそのおかげでしょう」

「そうだったのか……薬草沢山……」

 薬草と称されるものに上手いものなどある筈もなく、やはり予想通りあの世まで行けそうな味を体験したトエ婆さんだった。




 [完]



ルシア「ん? 何で私が平気だったかだって? それは勿論、愛だよ、愛」

※単に普段からろくなもん食べてないだけです。


 (C)2008/01/16

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