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古の恋人《15》

 名も無い森の奥深くで、風はただ空を見上げていた。大地に背を向け、ただただ上空に広がる蒼の世界のみを見ていた。息をしているのか、生きているのかさえも分からない。この体に触れるあの温かな手は、もうない。

『ルシア……』

 その名ばかりを空に放ち続けていた。その光景を見つめるカルディアロスは、どうにもならない悔しさに目を伏せた。

『カル坊、ルーンの様子は?』

 そっと話しかけてきたのは、大地に身を沈めていた地の精霊、ジン。

『ジン、体はもう大丈夫なのか?』

『ええ、結構休めたから。でも……あの子は……』

 ジンは地から体を離し、するりと抜け出ると、もう幾日もああして空を見上げているルーンを覗き見た。

『どうしてこんな事になったのかしらね』

 ルーンから目を反らし、悲しげな顔をカルロに向ける。普段無表情のカルロでさえ、今は鬱さを表に出していた。

『あの子、余程好いていたのね、ルシアを……』

『ああ……』

 樹と地の神は、互いに見合い、その内心を探り合った。だが先に読み当てたのは、やはりジンだった。

『カル坊、何を考えているの』

『……何も』

『嘘仰い。私を欺けると思っているの?』

 ジンは強く出た。

『構わないのよ? あの子の気持ちが少しでも晴れるなら』

『しかし、ジン』

『遠慮は無しよ、カルディアロス』

 ジンは真っ直ぐ金の男を見据えた。こうまで責められては仕方がない、カルディアロスも観念して内情を話す。

『……王の体を取り戻す』

『そうね、そうした方がいいわ』

『しかし我々は人間界に手出し出来ない』

『ええ、そうね』

 ジンは常に笑顔で対応し続けた。その先に彼が言うであろう事態を知りながら。

『今度はこちらから……人間共を誘き寄せる』

『そう、良い案ね』

『ジン……』

 自分は酷い事を言っている。それはカルディアロスも分かっているが、ジンは大して動揺も無く居続けた。何億年の時を生きたジンにとっては、最早どうでも良い事なのかも知れない。

『恐らく、大量の血が流れる事になる』

『……カル坊、遠慮はいらないと言ったでしょう』

『……』

 カルロは閉口した。

『それであの子が立ち直ってくれるなら、私はいくらでも汚血に耐えられるわ』

 ジンはさらりと笑顔で言う。だが……地上で流された人間の血は無条件で大地に注がれてしまう。それは、内から抉る様に込み上げる、吐き気と嫌悪の連続……。

『もう慣れたわ、そんな事』

 ジンは明るく振舞う。だがその顔色は良くはなかった。

『貴方こそ、人間共を誘き寄せるなら彼らと接触しなければならないのよ? 大丈夫なの?』

『それくらい、どうという事はない』

 ―全生物の汚液を浴びる、地精霊達に比べれば―

『ならいいけれど……無理はしない様にね』

 ジンは再び地中に身を溶かした。カルロはその様子を目で追う。跡には小さな砂粒子だけが舞った。


『さて、私も行かなければな』

 カルロは誰に言うでもなく、独り言を放つ。そして一瞬だけ体を震わし、決意を固めた。

『我らの仲間を傷つけるとどうなるか、人間共に思い知らせてやる』

 そう毒吐き、カルロは計画を始動した。


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