古の恋人《06》
「今の悲鳴は何だ!?」
この穏やかな村に、こういくつも叫び声が重なることは一度もなかった。長老の件は置いといて、今のは確かに異常なものを感じる。
『様子がおかしい。ルシア、森だ!』
「え?」
『早くしろ!』
ルーンが何の根拠もなく言っている様には見えない。ルシアは一先ず疑問を呑み、ルーンの指す森へと向かった。
=== 名もない森 ===
「さっきの悲鳴はどこから」
ルシアの声を聞いた者が、震えながら声を出す。その微かな助けを求める声を頼りに、ルシアは森を走った。
『いた!』
ルーンがぐっと右へ方向を変え、疎林に囲まれた広場を指した。ルシアもそちらに向きを変え、木々を掻き分け進んでいく。
「誰かー! お願いっ助けてー!」
「おい! どうした!」
「あぁ! ルシアさん!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしている女が座り込んでいた。ルシアは彼女の方へ行こうとしたが、途中でその女性に止められる。
「ルシアさん! 子供たちを助けて!」
「子供!?」
ルシアは直に周囲を見渡した。
「うぁぁぁっ」
「やだぁっ死にたくないよぉっ」
近くの沼の中に、子供の姿が見えた。一人は必死で顔を出してもがき、もう一人は腕しか見えていなかった。沼の傍にいる子供達はどうすることも出来ず、ただ泣き叫んでいた。
「くそっ……沼か!」
ルシアは着ていた上服を脱ぎ捨て、下着も脱ごうとした。だがその時、腕を掴まれる。
「――!? ルーン」
『何する気だ』
「何って……助けるんだよ!」
『馬鹿を言うな! 沼に入ってお前まで死んだらどうする!』
「けどこのままにしておけないだろっ」
ルシアはルーンの手を振りほどき、沼へ走って行った。後から駆け付けた村の男達からロープを受け取り、手に持ったまま沼へ侵入する。
『あいつ……』
ルーンは信じられなかった。血も繋がっていない人間を、命がけで助けるなんて……自分には到底考え付かない事だった。
「ほら、もう大丈夫だからっ……これに掴まって」
「うあぁぁっ! るしあぁぁっ」
子供はルシアに抱きつき、更に泣き喚いた。それを宥めながら子供の体にロープを括り付ける。そして腕だけを出している子供を引っ張り、死ぬ気で引き上げた。
「息はしてる! まだ助かるぞ!」
ルシアはそう叫びながら子供を先にロープに掴ませる。それを見計らって、男達がロープを引っ張りあげた。
――ブッ……
あと数メートルという所で、ロープに亀裂が走った。人が造った縄だ。強度もそう高くはない。
――3人は無理か。
そう諦めの声が聞こえた気がした。しかしそれは気のせいなどではなかった。ルシアは、子供にロープを掴ませたまま、自分は手を離したのだ。
「ルシア!」
「いいから早く子供たちを……!」
ルシアは何の助けも無しで、沼から上がろうともがいた。だが……もがけばもがくほど体は泥の中に沈んでいった。
ルシアは、悟った。もう自分は助からない、と。そして、子供たちが無事に救助されたのを見届けてから、最後に穏やかな笑顔を見せた。
彼の口元は「さよなら」と言っていた。
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