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古の恋人《01》


 世界最古の国家を築き上げたティレニア王国。ところが800年続いた王国は、繁栄と衰退を伴ってついには崩壊した。
 その頃西国に人々が結集し、新たな国を造ろうという動きもあった。
 それ故800年代は、非常に人々の動きが活発な時期でもあった。

 ― 天暦822年 ―

 南大陸では、ティレニア王国は滅びたが未だに貴族達が好き勝手しており、住人達は非常に貧しい生活を送っていた。
 貧富の差が激しいと誰もが嘆いたが、その思いが上の者達に届く事は無かった。
 それでも人々は懸命に生きた。毎日朝から晩まで畑を耕し、身を粉にして働いた。

 話の始まりは、南大陸の最南端にある小さな村。その村に名前などない。本当に小さな集落だった。
 だがそこに住む人々は皆活き活きとしていた。

 季節は秋。
 作物の収穫に大忙しのこの時期に、男達は皆畑に出ていた。自作地は勿論他人の土地だろうと関係ない。年寄りの婆さんしか居ない所なんかは収穫時が一番大変で、わざわざ遠くの家からやって来ては収穫の手伝いをする変わり者もいた。

 ここにもそんな変わり者の一人がいて、今日も一人暮らしの老婆の畑仕事を手伝いに来ていた。
 彼はまだ一人身の青年だった。

「ふうー、なかなか終わらないな」

 青年は滴る汗を拭きながら鎌を振りかぶる。

「ルシアさん、今日はこの辺でいいよ。雨が降りそうだから早めにお帰り」

 そう言ったのは、この畑の主であるお婆さんだった。

「トエさん、ありがとう。でももう少しで終わるから」

 ルシアという青年は、見た目は華奢だが意外に力持ちだった。稲の束を片手で持ち上げ、畑から顔を出す。

「そうかい……? ならいいが……」

 トエ婆さんは遠慮がちに言う。が、内心は嬉しかった。トエ婆さんは随分前に旦那を失くし、一人寂しく老後を生きてきた。そんな所に現れたのが、年若い青年ルシア。トエ婆さんは彼が来てくれるのをいつも楽しみにしていた。

 それから小一時間して、漸く一段落した頃には、空に真っ赤な夕日が架かっていた。
 ルシアはトエ婆さんに軽く挨拶を済ませると、そこから6キロ離れた自宅へと向かった。
 彼の去り行く背中を、トエ婆さんは名残惜しそうに見つめていた。


 ――ポツ。

「あ、雨だ」

 ちょうど帰宅距離の半分を行った所で、ルシアの鼻に冷たい雫が落ちた。その一粒が引き金となり、急に大雨が降り出した。
 これにはさすがのルシアも参ってしまう。

「あの森で雨宿りしようっ」

 近くに森の入り口を見つけ、ルシアは駆け足で向かった。その間も雨は強く大地に降り注ぐ。明日の畑仕事はきっと大変だろう。

 森の入り口に辿り着いた時には、ルシアの服はびしょびしょに濡れていた。長靴を逆さにすると、滝の様に雨が流れ出た。

「うわー、これは酷い」

 ルシアは至って冷静だった。
 家まで4キロ弱はある。おまけにこの雨は止みそうに無い。
 彼はちょっとした絶望感を味わっていた。



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あきゅろす。
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