闇の輝星《18》
=== 3011年 ===
帝国と東国の戦争は、帝王妃エリスの死、それと同時に起こった奇跡により終結を迎えた。
焼かれた森はこの奇跡の力で元通りになり、世界を襲った伝染病も消滅した。
そして、世界が復興しようと尽力していた頃、ここにも一人の若者が世に飛び立とうとしていた。
彼は金の長髪を丁寧に後ろで結い、立派な白い司祭服を身に纏う。片手には神帝書、もう片方には大層な杖を持ち、額には煌びやかな宝石を惜しみなく使った冠が付けられていた。
アモン=シーモア、17歳。王属司祭に就任。
就任式を終えたアモンは一人、帝都のとある庭に来ていた。
アモンは風に揺れる花を眺めて、それを自分と重ねていた。
これから先、頼るものは何も無い。
腐り貴族の寄せ集めである王属司祭院の中で、自分しか信用できない。
そんな孤立した自分が、どれだけの事をやってのけられるのか。これは最早賭けだった。
式を終えた直後にこの庭に来たのは、アモンだけではなかった。
「……何故だ、アモン」
先に庭を楽しんでいたアモンが、鬱陶しい冠を外して振り向く。
そこには飾り立てた彼に劣らぬ程美しい、銀の髪を持つ少年が立っていた。
「やっぱり来たか」
アモンは可笑しそうに笑う。それに対し不可解だという目を向けるリセイは、非常に険しい顔をしていた。
「何故、王族専用の司祭になると決めたんだ」
「リセイ……許せ」
アモンは苦笑いながら、今にも涙を流してしまいそうな、そんな辛い表情をしていた。
「これは、俺の意思だ」
「そうではないだろう。お前が珍しい銀精霊の加護を得ているから、王属司祭はお前を手元に置いた。違うか?」
「それは勿論、その通りだよ」
彼らに強制された事を、否定はしない。それなら尚更、認められなかった。
「お前はもっと賢いはずだ、アモン。あんな奴らに使われる様な人間では……」
「リセイ、いいか。お前はいずれ覇王としてこの帝国を導く存在だ。だがお前には、敵が多い」
「父の事を言っているのか」
「それもあるが、お前自身、これから先数え切れないほどの命を絶やすだろう。それは帝王の為にお前が被らされる泥だ。だから一番に狙われるのは、神軍長であるお前なんだよ」
「そんな事は承知済みだ。今更言う事でもない」
神軍は帝王の意思によって動く。帝王が誰かを殺せと命じれば、直ちに殺さなければならない。己が死ねと命じれば、神軍長は全責任を取って死ななければならない。
だが何時どんな時も、自害だけは許されなかった。それは、神軍が帝王を守るために作られた軍だから。
帝王を守って死ぬのが当然だと、そう解釈されるのが普通で、生きる事が辛いから自害します、なんて逃げ道は彼らには無い。
その命ですら、帝王のものなのだ。
「俺は王属司祭の頂点に立つ。そして、腐った奴らを内から根絶やしにしてやるさ」
「そんな事簡単に出来るわけないだろう」
「そうさ。だから俺も命がけなんだ。そうやってお前が少しでも動きやすい様に俺が準備しといてやるから、安心して覇王の名を継げ」
「アモン」
「皆には言うなよ。あいつらは素直すぎるからな」
アモンは愉快そうに笑う。
きっとこの男には敵わない。
覇王の名を継ぐという事は、神軍の全責任を負うという事、そして王族の盾になるという事だ。
それ程のものを、たかが十余年しか生きていない少年が、背負える筈が無い。
それでもリセイはその道を選んだ。
だが彼は、それを後悔する事は一度も無かった。
生れ落ちた場所など関係なく、ただ自分がどの道を選んで生き抜くかは、例え天の定めと言われようとも譲れない。
この命を誰に捧げる事になろうとも、あの日見た満天の星空に火が落ちようとも、この心は誰にも支配されないのだから。
もし、この心が誰かと共に生きる喜びを欲したなら。
その時は、愛するその女性(ひと)を生涯かけて守り抜こう。
ただ傍に居る事さえ出来なくても、夢幻を彷徨う夜が続いても、願い続けるだろう。
いつかまた廻り会える、その時を──。
闇の輝星[完]
(C)08/2/20
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