闇の輝星《12》領家の庇護
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時は過ぎ、クロス城内が落ち着いた頃、漸くユエ=オルレアンの死が公にされた。
城周辺の町村人は皆大変驚き悲しんでいた。それだけ愛されていた女性だったのだ。
確かに見た目は冷たそうで、感情が欠落している人形の様にも見えたし、それを理由に彼女を忌み嫌う人間もいた。
だがやはり、そんな彼らも最期には涙を流して安らかな眠りを祈っていた。
彼女が亡くなったその日から、クロス城はしんと静まりかえっていた。門兵は毎日暇そうにそこに立ち、大あくびで退屈そうにしている。
それは仕方の無い事で、東国と睨み合いが続いているとはいえ、今はまだ牽制期、大した争いも起きなかった。
「ここを開けてはくれぬか?」
そう聞かれた門兵は、またいつもの浮浪者かと思い、即刻断ろうとした。だが彼は、振り向いた途端にそこに居る人物に驚愕する。
「あっ貴方は、バルト卿!」
「デス様にお取次ぎ願いたい。帝都からの達しがある」
「はっ。でしたらわたくしめが」
「これは大事な伝え故、他人の手に渡すわけにはいかぬ。ここを通せ」
「は! はい!」
門兵は何度も礼をして、即座に大門を開ける。古びた音が鳴る中、バルトは堂々とした足取りで中に入っていった。
「おい! 今のってバルト様じゃないか!?」
「あ、ああ。俺もびっくりしたぜ。まさかあのリーチェル家の家長が、自らこんな辺境にお出ましなんて」
この門兵を良く知る兵士がやって来て、今し方通り過ぎた年配の男を見ていた。
バルト卿とは、帝国の古き貴族リーチェル家の家長バルト=リーチェルの事であり、本来なら帝都付近で王の護りをする大変高貴な立場の人間である。
そんな彼が、護衛も引き連れず単身でこの城にやって来たとあれば、驚くのは当然だった。
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ここは人々の横行する賑やかな町ランタン。この町で有名な鍛冶職人ルド=シーモアは、アモンの父親だ。自前の製鉄所ではアモンの祖父も働いていた。
比較的裕福なシーモア家に、それとは比べものにならないほど高貴な身分を持つ帝国貴族リーチェル家の長女クリスが、何の前触れも無くやって来た。
「クリス!? また護衛も連れずにこんなしょぼい町にやって来たのか!?」
「自分の故郷をしょぼいとか言うなよ。それに護衛なんか連れて来てもしょうがないだろ。こんな穏やかな町なのに」
「確かに町は安全だけど、いつ東国と戦争が始まるか分からないんだぞ……って聞いてるのか!」
「はいはい分かってる。本当にアモンはお節介だな」
「ちょっとは危機感もってくれよ」
アモンは全身の力を抜かれ、それ以上言葉が出なかった。
そんなアモンに綺麗な笑顔を向けるクリスが、彼にとって何ものにも変え難い宝だった。
「お久しぶりですクリスお姉様。今日はどうなさったの?」
家の奥からマリアが顔を出す。
「ああ、久しぶりだなマリア。実はな、私の父が一時的にリセイ様の保護監督官になった。数日前に決まったばかりで今は引越しの準備で大忙しなんだが……とりあえずお前には伝えておこうと思ってな」
「クリスの親父さんがリセイの保護役か。それなら安心だ」
「そうですね、バルト様はお優しくてしっかりしていらっしゃるから」
アモンとマリアは互いに胸を撫で下ろす。
母親を失くし、帝都に赴くデスの代わりに城主を任されたリセイが、気がかりでしょうがなかったのだ。
「リセイ様の事は私らに任せておけ。まぁ、気になる様ならいつでも城に来い。お前たちの事は父上にも話してあるから、自由に出入り出来るぞ」
「そうか、色々ありがとう、クリス」
「いや、これくらいの事しか出来ないからな」
俯くクリスは、不意に視線を感じ、そちらの方をみやる。
アモンの家にはもう一人いるらしく、何者かが隠れてこちらを見ていた。
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