〜龍と刀〜
追い出し返し!?
その老人は言い放った。唐突に。陽に出て行け、と。しかも皺くちゃの満面の笑みで。
何を言っているのか理解出来ない陽は、汚れを払いながら立ち上がりその老人の顔を見る。そのどこかに真相でも書かれていないかと。
「出て行かないのなら、力ずくになるが?」
至近距離で構えを取るこの老人。一体何者なのか。その疑問は陽の一言で判明する。
「待てって!今更何しに戻って来たって聞いてるんだよ……元頭首!」
「“おじいちゃん”と呼べ!」
「呼ばねえ!」
そう。何を隠そうこの老人の正体は、元『剣凰流』頭首、剣謙蔵(ツルギケンゾウ)。達彦の前の頭首にして、父親である。傘寿、御年八十歳。
達彦が居なくなった時、そして陽が頭首代理になったその時もこの男は何もせず、ただぐうたらに生活をしていたのだ。それに苛立ちを覚えた陽は適当に荷物を纏めて彼に突きつけ、更に追い出してやった。今まですっかり存在を忘れていたが、どうやら生きていたらしい。そして、戻ってきた。
「良いから答えろって……!」
助けられた、などとは思っていない。陽は何の行動も取らなかったあの頃の謙蔵に嫌悪感を抱いているのだ。だからその思いは今でも消えずに残っている。確かに育ててもらった恩もあるが、それとこれは話が別。
「自分の屋敷に戻ってきて何が悪い?」
「ぐっ……!」
「そもそも居候になっているのはお前の方ではないのか?身寄りのないお前を、育てたのは誰だ?剣を教えたのは誰だ?ん?」
「半分以上あんたじゃないのは確かだ……!」
その上から目線に耐え切れず、陽の怒りは沸点に達する。今にも飛び掛りそうな勢いだ。魔力が熱となって周囲を覆う。
しかし謙蔵も歴戦の剣士。その程度では臆する事もなく、むしろ楽しそうに口元を歪ませている。
「良いではないか。だいぶ面白くなりおって。聞きたいのなら力ずくで来い!」
言うと同時、謙蔵の拳が陽の眼前に。咄嗟に回避し、距離を取る。相手が大嫌いだとは言え、理由もなしに暴力に頼ろうとする陽じゃない。
「あんたそんな性格だったか……?」
ここで思い付いたのはこの謙蔵が偽者である可能性だ。幻覚魔術か何かで作り出したものか、それとも式紙だろうか。しかしどちらにしろ判断出来るだけの材料が手元にない。となるとやはりここは戦って確かめるべきなのだろうか。
「そうか信じられないのか」
まるで陽の心の中を読んだかの如くポツリと呟く。言いながら袖からある物を取り出した。それは見紛う事なく、式紙。しかもつい先程、陽が使おうとしていた物。そしてその式紙に刻まれている魔術は、召喚。
淡い紫に発光しながら魔法陣が展開される。魔力が通っている証。そしてその陣の中心から出現するのは見慣れた柄。それを一息に引き抜き、その得物を陽に晒す。
「白銀……!」
「陽、この謙蔵は本人だ。そして、済まないが――」
「おっとお喋りはそこまでにして貰おうか白銀よ。久しいなこの感触……どうだ、これで信じる気になったか?」
「どう、なってるんだ……」
頭を抱えるが、そこに答えは無い。そして白銀を向けられたからには敵意がある証拠。どうする。戦うか。
「剣士が剣を見せた以上、分かっておるな?」
陽が迷っている少ない時間を突き、既に謙蔵は懐へと潜り込んでいた。しかし、白銀はその手に在らず。掌底だ。老体とは思えないその動き。さすがと言うべきだろうか。
迫り来る鋭い一撃。顎が狙いだったらしく、ギリギリ体を反らして避けた。それでも掠めるだけで相当な圧力。触れただけで昏倒してしまいそうなそれは純粋な腕力に依る技。精神の隅々まで鍛え抜かれた人間にしか出来ない芸当。陽は防戦一方となってしまう。剣術だけでなく、磨かれているのは体術もだった。じわじわと門の際まで押され、ついに背中に当たってしまう。嫌な汗が背中を伝う。
「ふむ……目は相変わらず良いが、まだまだ青いのう。頭を冷やして来たらどうだ?」
「何の話を……している……!」
ふと感じた魔力。謙蔵の拳だ。岩のような大きな拳にありったけの魔力が集められている。魔力の本質は得意な属性の魔術に依存するか、血統に依存するという傾向があるらしい。今謙蔵を取り巻いているのは強風。少なくなっていた葉を散らし、砂を巻き上げる。その拳が、陽目掛けて突き出された。
回避出来る方向は、右だろうか。考えている余裕はない。直感で移動しようとしたが、しかし。
「それではの、またすぐに会えるとは思うが。今宵は宿探しじゃ」
背中を預けていた門。謙蔵の狙いは、陽を追い出す事。つまり、外に出せば勝ちと同然。そこに気付けなかった。だが時既に遅し。陽の体は大きく傾いている。尻餅をついた頃には、終わっていた。
謙蔵が豪快に笑いながら門を閉めている姿。そして、呆然とする陽に追い討ち。頭上から鞄が降ってきた。
「着替えは詰めておいたぞ。それでどこでも行けるだろ?はっはっはっは!」
思い出した。それは自分があの日行った言葉だ。まさかこのような形で返って来る事になるだなんて思わなかった。
「何だよ、これ……!」
抗議しようと門に触れようとしたその時だ。陽の指先に鋭い痛み。見てみると赤い筋。出血しているではないか。
「面倒な結界を……」
入れないように魔術を仕掛けたらしい。謙蔵は本気で陽を追い出したのだ。だとしたら無作為に突撃するのも頭が悪いだろう。ここは大人しく様子を見る事にしよう。しかし、一つだけ問題が発生。
「今日どこで寝よう……」
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