〜龍と刀〜
夏休み直前のある日V
*****
−−同日、深夜。
道場内に響く空を切る音と掛け声。
「剣術ってのは試合じゃねえ、本気で大丈夫だぞ!」
陽が今、手にしているのは、白銀ではなくただの竹刀だ。実戦形式でも別に構わないのだが、まだ学校があるため両者共に怪我をする訳にはいかないとの理由である(主に紗姫の意見だが)。
「……基礎だから仕方ないとは言え、さっきから一撃一撃が単調だな。もう少し腕を伸ばしたらどうだ?」
「はっ!」
二人の打ち合いを片隅で見守る白銀。
教えるのが苦手な陽が、紗姫に動きだけを伝授し、白銀が詳しい分析をしながら指導。
「おっと……基礎だからって油断出来ないな……」
「あんまり……見くびらないでよ!」
元々攻撃が重い紗姫にとって『剣凰流』の剣術は、とても相性が良い。何故なら『剣凰流』は主として、攻めの型が多いからだ。
斬りから突き、繋ぎの魔術。大抵の場合どこかで相手との距離を取る行動が入るのだが、『剣凰流』の型は常に前へ前へと相手を押す。隙などは作らないし、攻撃の隙も与えない。
だが紗姫は剣道を長らくやっていた事もあり、防御から攻撃へと転ずる癖が付いてしまった。当分の間はこれの矯正が鍛錬のメニューである。
未だに打ち合いが続く道場内に規則的な機械音が鳴り響く。
「ん……もう一時か。よし、今日はここまでだな?」
「はぁ、はぁ……何で、龍神君は同じ量動いてんのに平気なのよ……?」
ぐったりとその場にへたり込む紗姫。呼吸は荒く、汗だくになっていた。
「まあ、毎日やってたからだ。これでへばってたら上級の型の時はもっと辛いだろうな?」
意地悪そうに紗姫に笑い掛ける陽だが、意外なところから突っ込みが飛んでくる。
「良く言う……初めの頃は柄にもなく筋肉痛を患った身であるというのに」
「う、うるせえな!おい、そこ笑うな!」
「筋肉痛、ねえ?」
紗姫をからかうつもりだったのだが、逆になってしまった。
「ふむ。最後に我からの評を言わせて貰おう」
いつの間にか恒例となっている鍛錬終了の合図だ。白銀がその日の鍛錬について思うところをズバズバと指摘する。
「弟子入りしてそんなに経ってはいないが、大分基礎は身に付いてきたな。上達が速い」
「ありがとうございます白銀さん」
「だが、腕の動きがぎこちない。まだ剣術と言うより剣道だ。それを直すのが今後の課題だ。以上」
かなり的確なアドバイスだ。褒めるべき点はしっかりと褒める。白銀なりの人の伸ばし方らしい。
「んじゃ、お前はさっさと風呂でも行って来いよ。俺は掃除とかしなきゃならねえし」
「女の子に軽々しく風呂とか言わないで。……覗かないでよ?」
「何で似たようなやり取りを毎日しなきゃならねえんだ……ったく」
紗姫が道場を出て行くのを確認してから陽は白銀に話し掛ける。
「今日もやるのか?」
「ああ。いつ何があるかも分からない状況だ。出来るに越したことはない……監督よろしく」
右手を胸の前に置き、目を閉じると、その手に淡い光と魔法陣が浮かび上がった。
「龍化……!」
肩口からぞわぞわとした感覚が走り、それが右腕全体を駆け巡る。肩、二の腕、肘までがびっしりと灰色の鱗で固められていく。
「もう、少しだ……もう少し」
手首まで来た所で、骨に痛みが走り、ガラスが割れるような音を立てて龍化が解ける。たった数分の事なのに、陽はかなり消耗しているみたいだ。
「っ……手首まで、か」
「自らの意識だけでの龍化。進歩はしているが、何故だろうな?」
これが、月華や紗姫が心配していた寝不足の原因でもある。
陽は紗姫の鍛錬が終わった後、毎日これを朝方まで行っていたのだ。
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