〜龍と刀〜
夏休み直前のある日T
*****
「はぁ……テストか」
陽は結果の分かりきっている一枚の紙に向き合っていた。
そう、問題用紙である。そこには、陽の理解に到底及ばない数式がつらつらと並べられていた。と言っても、これは陽だけであって周りの生徒たちは普通に答えを書いている。むしろ、開始数分でペンを置いているのは、陽と井上だけだ。
この静かな空間では何も出来ないので、次の教科を確認し、溜め息を吐いてから眠る事にした。
*****
それから、陽が目を覚ました時には−−
「……寝過ごし、た?」
−−テストが終了していた。起きたという記憶が無いので、二教科程白紙で提出してしまったかもしれない。さすがの陽も焦っている。
「なあ、俺が一回も起きなかったって事は無いよな……?」
隣の席のクラスメイトに恐る恐る話しかけてみた。もしかしたら、という希望を持って。
「んー確かテスト渡った時は起きてたよ?名前書いたらすぐに寝たみたいだけど」
白紙では無かったが、喜べない。なんせ問題に手を着けていないのだから、白紙も同然、最下位転落の可能性。
「おいおい……何やってんだ俺は?井上なんかに負ける?あり得ない……」
ぶつぶつと独り言を言いながら机に突っ伏す。成績は気にしてないとは言え、余程ショックだったのだろう。
「龍神ー!どうだっ−−」
「そ、そうだ……こいつを明日と明後日学校に来させなきゃ良いんだ。そうすれば最下位は免れる……は、はははは」
不気味な笑いをしながら席を立つ。明らかにおかしい。
「ちょっ、目が怖い!何があったんだよ!ぐあ、近付くな……って中島!お前までどさくさに紛れて!?」
「いや、なんかおもしろそうだったし」
陽が無意識の内に井上にヘッドロックを掛けていると、携帯の着信音が鳴り響いた。そこで陽はなんとか正気を取り戻す事が出来たみたいだ。
「はい……ちょっと待って下さい。場所を変えます」
大事な電話なのか、陽の表情もかなり真剣だった。
普通ならそう察するのだが、井上だけはこう言った。
「龍神が女と電話してる!」
「バカだもんな……ご愁傷様」
「は?何の話−−いったぁ!」
聞こえていた陽が、近くにあったバケツを投げたのだ。それは井上の顔面にクリーンヒットし、勢い余って壁に頭をぶつけたらしい。空気を読まない人間の結末。
「陽ちゃん、どうしたんだろ?」
一部始終を見ていた月華。井上が女と電話している、と言った部分も気にはなるのだが、それにしても電話だけであんな表情になった事の方が気になって仕方がない。
「ほんとに何の電話なんだろうね」
「うん……あれ?紗姫ちゃん自分のクラスに居なくていいの?それよりいつからそこに?」
いつの間にか月華の後ろに立っていた紗姫。そろそろ帰りのホームルームが始まるはずだが。
「ああ、私たちのクラスはもう終わったから大丈夫よ。ねえ、ちょっと聞きたいんだけど龍神君、最近ずっと寝てるなんて事無いかしら?」
「?授業中はいつもだけど……」
そういう風にしか見られていない陽が可哀想だが、日頃そうだから仕方ないと言われてしまえばそれまでだ。
「あ、でもね。起こしてもなかなか起きてくれなくなった気も……それがどうかしたの?」
「ちょっと気になって、ね……私のせいかもしれないし……じゃ、ありがとね」
最後の方は消え入りそうなくらいの小声で、近くに居た月華ですら聞き取る事が出来なかった。聞き返そうと思ったが、気が付けば紗姫は手を振って教室を後にするところ。
「二人共、何かあったのかな?」
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