〜龍と刀〜
術式の心得・初心者編
一週間後の朝。
七月に入ったというのに、雨は降り止まない。
時刻は六時半。珍しく、陽が起きていた。
「これがこっちで……っと」
しかも、机に向かっている。最近はいつもこうなのだ。本を横に置いて何か作業をしているみたいだが。
不審に思った白銀が聞いてみる。
「近頃早起きだが……何をしている?」
陽は椅子の背もたれに全体重を掛けて、逆さまの状態で白銀を見た。ポキポキと小気味よく背骨が鳴る。
「ああ、月華に買ってやった腕輪なんだけどな……」
「ふむ。魔力が渦巻いている、といった感じか」
「んで、これを利用してお守りにでもしよっかなって思い付いたまでは良かったんだけど……術式が……」
体を元に戻し、机に向き直る。机上には金色の二つの腕輪、月光輪。
「それでちょっと先輩から本を借りてさ」
「本?」
月光輪の脇に置いてある厚めの本を白銀に見せた。『術式の心得・初心者編』というタイトルだ。
「初心者……」
「し、仕方ないだろ!上級者編は難しかったんだよ!」
「……成る程。防御の術式だな?しかも一番簡単な」
白銀を無視して再び作業に戻る。本を見ながら、月光輪に術式を刻んでいく。本来なら目に見えない形の方が良いのだが、そうしてしまうと、何のために借りたのか分からなくなってしまう。だから、こうやってナイフで地道に削っていくのだ。文字など、目に見える方が気持ちがこもっているとも言える。
「ふぅ……明後日か月華の誕生日は?徹夜しないと間に合わないか……」
「ううむ……何故だろうな、ここからお前を見ていると、勉強しているように見える」
「そういう風に見えるだけだ。実際はやってないけどな」
「……月華が来るぞ」
話をしながら、ズレないように慎重に表面を削って文字を彫る。当然、読めないが。
「おはよう……今日も起きてるの?」
控えめに戸を開ける月華。月華も不審に思っているらしい。
「飯か?」
「うん。……ねえ陽ちゃん、何やってるのかまだ教えてくれないの?」
階段下りながら、月華が聞く。
やはり気になるのだろう。普段、こんな時間帯に起きるはずがない陽が起きているだけでも凄いのに、滅多に使わない机に向かっているのだ。心配になってしまう。
「まあ、もうちょっとだけ待ってくれ。すぐに分かるからさ」
「陽ちゃんがそう言うなら……今日ね、玉子焼き作るの調子良くてこんなにつくっちゃった」
テーブルに置かれた大皿は、黄色い塊が占拠している。
「何があったんだ……?」
怪訝な顔で黄色い塊と月華を見比べる。謎は解けるばかりか深まるばかり。
「うーんと、簡単に言うとぼーっとしてたらいつの間にか手が動いてて……こんな感じに……」
「おいおい。どう考えたって残るぞ?さすがに俺でも食いきれないな……」
「今日のお弁当とかに使うよ?他には使えないかな?」
我が物顔で鎮座している黄色い塊。溜め息混じりで陽は塊の破壊を開始。月華もそれに続く。
「七時半までだ。とりあえずそこで切る」
「そうだね……じゃないと遅刻かも」
時間と自身の胃袋との戦いだ。
*****
結局半分以上余してしまったが、月華も自分の失敗のため、何も言えない。
「うぅ……胃薬持ってかないとな」
棚の中から瓶詰めされた胃薬を取り出して、カバンに入れる。今日はとにかく体を動かしたい気分だった。
「わざと遅刻ギリギリに行くか?」
「イヤだよ!あの先生の罰、本当に辛いんだよ?」
半分泣き目になっている月華。一度、陽のせいで遅刻したことがある。庇った陽は罰が倍になった。それでも一般人にあの運動量はきつい。
「じゃあ行くか……久しぶりの学校に」
「行って来まーす!」
月華は誰もいない家に挨拶してから陽を追い掛けた。また、陽は鍵を掛けていない。
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