〜龍と刀〜
夏休み直前のある日U
陽の電話は、協会から掛かってきた物だった。
「それで、何の用ですか?」
『えぇ、魔物の討滅依頼を。……最近そちらに弟子が出来たとか……』
声の主は男。井上の勘はキレイに外れた。
「……どこでそれを知った?」
陽の声に含まれる怒気。見えない相手を威嚇する。
『基本的に、休止している流派は入門を拒否しなければならない。これは権利ではなく、決まりだというのは知っているな?』
「……」
男の言葉遣いが乱れ出す。しかし、まだ男の目的は見えて来ない。
『答えないという事は肯定するのか?まあ良い。依頼を受けるか受けないかだけをはっきりさせてくれればな……心配するな。成功すればしっかり報酬は払わせて貰うさ』
「受けてやる。さっさと内容と報酬額を教えろ……」
壁に体を預け、目を閉じた。相手の目的が分からない以上、下手に逆らう訳にはいかない。
『分かった。一度しか言わない。……場所は名もない無人島、魔物は正体不明。成功の報酬額は八百万円。もちろん満額での入金だ』
「続けろ」
『無人島へ向かう手段は別の島から出る船。旅費、宿への宿泊代はこちらで持とう。期間は問わない……』
破格な条件が次々に提示される。明らかに陽を見くびっているとしか思えない。
「本当にそれで良いんだな?俺は明後日から長期休暇に入る。それからでも構わないな?」
『ああ。それと、最後に一つ言っておくがな』
男は間を開け、こう言い残した。
『お前が頭首になる事を快く思わない人間が居るということを忘れるな。特に古株はほとんどだ。以上』
無理矢理に通話を切られた。依頼を受けた側なのに、とても気分が悪い。
「……紗姫に電話だな」
これは『剣凰流』が受けた依頼だという事は、必然的に紗姫も関わるという事。
『もしもし?龍神君?』
「紗姫、お前の夏休み半分くらい自然消滅するかもしれないから。よろしく」
早口に残酷な事実を告げた。当然紗姫は理解出来るはずもなく−−
『え?何それ……ねぇ、私もう予定入ってるのよ!?』
−−声を荒げて抗議する。
急な大声に、陽は携帯から耳を離す。
「あー、まあ色々と大変なんだよ。それに消滅っつっても、そこで休み取れるだろうし」
『ますます分からないわね……何?どっか出掛けるの?』
「海、らしい」
先程から適当な事しか言ってなかった陽が、初めて的をしっかり捉えた回答をした。
『……誰と?』
「俺しか居ないだろ?団体で行くような場所じゃねえしな。月華も連れて行けないし」
帰りのホームルームが終わったのだろう。周りが段々と騒がしくなってきた。
「おーい紗姫?聞いてるか?……ん、切れた」
携帯のディスプレイには、通話時間四分の文字だけが残されている。
「はぁ……今年の夏休みはゆっくり出来そうに無いな……」
教室を抜けて来たままだが多分大丈夫だろう、と呟きながら玄関へと向かう陽であった。
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