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〜龍と刀〜
過去・憧憬
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とても小さな集落だった。周りは自然に囲まれ、人の行き来は少なく静かな場所。そこには“彼ら”が人として住んでいた。
獣族狐種のとある群れだ。彼らはこの人間が謳歌する世界に適応していくために、本来の姿と生き方そのものを捨て、人間として営みを続ける事を選んだのである。早々に人化を習得し、何食わぬ顔で高齢化した社会に溶け込み、学んできた。自分達の手で食料を育てる技術を、人間としての知識を。
そのような暮らしが定着したのはどのくらいの年月が経っていた頃だろうか。生まれてからこの方、人間として暮らしていたという若い者が多くなってきていた頃。当時の一族の中でもとりわけ彼女は注目の的だった。
陽光を受けて煌めく手入れの行き届いた黄金色の長髪にすらりとした体躯、肌はきめが細かく真っ白で傷なんてどこにも見受けられない。まさに人間離れした容貌で、集落の中だけでなく外からも噂を文字通り“嗅ぎ付けた”雄連中がこぞって見物に来たという。
しかし彼女は見た目だけじゃなかった。言い寄ってくる者は相当居たのだろうが、その全てを一人で追い払ったらしい。彼女自身が相当強く、負けを知らないとまで言われていた程だ。非の打ち所のない完璧な女性だった。

「私はただ、今の生活が好きなだけ。ここから離れるつもりはないの。昔はどんなだったか、なんて知らないしそれに戻ろうとも思わない」

芯も強く、一度決めたら梃子を使ってでも動かない頑固な面もあったのだが、彼女の身内は違う一面を知っている。

「ま、死ぬまでとは言わないよ。たまーに都会にでも出歩いてみたいかなあ。せっかくこんなに綺麗な人化が出来てるんだし。使わなきゃ損よ」

歳相応の子供らしさ、お茶目な性格を見せる事もあった。そのような所が人気を得る大きな理由だったのかもしれない。
そんな彼女にずっと憧れを抱いていた。才色兼備な彼女に。いつか自分もそうありたい、そうなれるようにと必死になって学び、研鑽し、成長した。追い着けるかどうかは分からないが、やれるだけやってみても罰は当たらないだろう。

「私になる必要はないと思うけど……でも、目標にされるっていうのは悪い気分じゃないから、応援してるよ」

言いながら頭に乗せられた温かい手。その感触を次に味わう事になるのは――


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