〜龍と刀〜
『剣凰流』元頭首T
*****
――翌朝。
謙蔵は長く親しんだ屋敷内で目を覚ます。意外にもしっかり客用の布団が仕舞ってあったのでそれを使用して眠りに就いたようだった。まだ早朝。この時期では日が昇っていないので日光を拝む事が出来ない。
軽く首を回し布団から出ると、枕元の壁に立て掛けた白銀を手に取る。
「おはよう白銀。今日はちょっとこれから出掛けるぞ」
「そうか。しかし謙蔵。何故、陽に説明をしない?」
「する必要が無かろうて。その方がやり易い」
「老体でも、か?」
「言ってくれる」
話から察するにこれから何処かへ向かうらしい。朝食も摂らず、握った白銀を紫色の布で厳重に巻いていく。重さで切れてしまわないようにしてるのだろうが、鞘を付けるという概念は無いのだろうか。そうすれば布から落ちる危険というのはまず無くなるだろう。
「随分ご執心になったものだよ、白銀」
「そうではない。ただ今の我の所有者は陽だからな。御主ではないのだ」
「そうかも知れんが……なあに少しの時間じゃ。付き合ってくれよ」
長い布を全て巻き終えてきつく縛り上げると、次は黒い布を取り出しそれを襷の様に自分の体へ。慣れた手つきで白銀をその隙間に差し込む。これで出発の準備は完了らしい。簡素ではあるが、恰好が付いている辺りはさすがだろう。
「変わらんな謙蔵は」
「変わってたまるか」
言いながらその格好のままで洗面所へ向かう。さすがに洗顔などはしておくらしい。
冷水を顔に付けると、先程よりも余計に意識が冴えてくる。これからやる事を頭に思い浮かべながら。
「おっと忘れてしまうところだった……」
体も心もまだまだ現役だと思っているが、時折物忘れが発生してしまうとの事。元々忘れっぽいから仕方ないのだ、と言い訳をする。
忘れていたのは紙袋。中身は一体何なのか。
「まずどこへ向かうのだ?」
くぐもった声で白銀が問い掛ける。まだ玄関なので声を発しても問題は無い。さすがに門を出てからは喋らせないが。勿論白銀も重々承知している。
「そうだな……『御門流』にでも行ってみようか」
「場所は覚えているよな?」
「白銀、さすがに儂でも道順くらい覚えておるわ」
門を開くと、朝方にも関わらず近所に住む女性――所謂小母さんであるが――が三人程集まって井戸端会議。何もこんな朝っぱらからやらなくても、とは思ったが遭遇してしまってはどうしようもない。嫌々ながらも声を投げた。
「おはようございます。皆さん早いですな」
「あら……謙蔵さんじゃない?」
「ホント!ずっと見ていないからどうしたのかと」
「ねえ。陽君、だったっけ?あの子、何をしているんだか……」
三者三様の反応、だとは思うがやはり話が繋がる。近寄ってきた三人に露骨に面倒臭そうな顔をしつつ謙蔵は紙袋から箱を取り出してその一人に手渡す。
「陽の事を悪く言わないでやってください。あれはあれで頑張っているのですから。それと、これは土産です。三人で分けてください」
「まあありがとうございます」
「それでは失礼」
それだけ渡すと逃げるようにその場を立ち去り、聞こえそうにない位置まで来てから口の中で呟く。
「……ふん誰があんな腐りかけにまともな土産など渡すか。昨日スーパーで買ってきた菓子で十分だ」
それは単なる悪口だった。
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