〜龍と刀〜
ぬくもりY
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深夜。井上はどうやら本気で徹夜をするつもりのようなので、普段ゲームをしない陽は目の乾きを癒すのと気分転換がてらにリビングまでやって来ていた。既に家族は寝静まっているようで、今は月明かりが静かな部屋を照らしている。ふと、カーテンの向こう、街並みへと目が動く。近付き、窓を開けると肌を刺すような冷気。気だるくなっていた気持ちをリセット出来そうだ。
ベランダへ降り立ち、少なくなった明かりを見詰めていると考えてしまう。先程までは楽しく過ごしていたが、ここへ来る原因を作った人物の事を。
「何がしたいんだあいつは……」
高齢の癖にとてもそうとは感じさせないあの威圧感、身のこなし。さすがは元『剣凰流』頭首。人の身でもあそこまで極める事が出来るのだ。
ポケットを探り、紙を取り出した。召喚用の式紙。何故か襲撃の際には発動が出来なかったが、もしここで発動出来るのなら、白銀から理由を聞き出せる可能性もある。集中し、いつもの感覚で魔力を流す。
「っ……!」
やはり、思っていた通りの結果が訪れた。式紙は一瞬で燃え尽きて灰になる。ここで陽は理解した。これは謙蔵による妨害だと。理由は知らないが、どうしても陽を遠ざけて白銀を奪う必要があったに違いない。そうでも無ければあれだけ本気で魔術を使おうとはしないだろう。
「魔術の書き換え、か……?」
召喚用に作られた魔術は全て同一。式紙と白銀に同じ魔術を施し、それを魔力で繋ぐ。言ってしまえば空間転移などの魔術の応用なのだが、そもそもこの術式を組んだのは陽ではない。歴代の『剣凰流』頭首、または白銀の保有者。しかも陽は魔術がとことん苦手だ。その苦手を突き書き換えて使用出来なくしたのかもしれない。だとすると、白銀を取り戻すには再び謙蔵と接触するしかない。だが、あの風の結界もある。効果範囲は分からないがあれも厄介だ。龍化の防御力で耐え切れるだろうか。
「どうすりゃ良いんだ……」
考えても答えは出ない。陽がこうして知恵を働かせても解決策を見出せなかった。しかし、いつまでもこうして居る訳にもいかない。たとえ歓迎されていようと、どうにかなる問題ではないのだ。それに居るだけで何故か心が痛む。
(家族、ね……)
幼少期の記憶はほとんど残っていない。辛いだけだからだ。ただ、剣を振る事は覚えている。そして、両親の優しい眼差しも。あのような温かさにはもう自分では触れる事が出来ない。
「ああ……守ってやる。俺にはその力があるんだから」
拳を固める。考えていても仕方が無い。行動して、結果を作ってしまえば良いのだ。
「……くしゅん!」
「ん?」
その重たい気持ちを吹き飛ばすような可愛らしいくしゃみが後方から飛び込んでくる。振り向くとそこにはピンクのパジャマを着込んだ葵だった。
「ふぁ……バレた……!」
「寝ないのか?」
「その、水を飲みに来たら陽さんが居たので……見てました!」
「楽しいかそれ……」
陽はくしゃみをしていた事を気にしてかベランダからリビングへ戻り、窓を閉めた。意外と気遣いが出来ている。
「寝れないので……良かったらお話したいなーなんて」
「別に良いけど、面白くなかったらごめんな。……それとさっきもごめん」
「あ、あれは……!その、そ、粗末な物を……!いかがでしたか……!?――じゃなくて!今のはナシです!」
「面白い子だなぁ」
こんな妹が居たらさぞかし楽しいだろう。可愛く思えてきてつい頭を撫でてしまうと、葵の顔がにやけ顔に。喜んでいるのなら良いのだが。
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