〜龍と刀〜
決意の夕暮れ
*****
「……」
式紙幸輔と別れて数時間。
ぼんやりとしつつも買い物を楽しむような、はたまた早々に帰りたくしているような、休日だというのに休まない心に辟易してしまう。自分でも珍しく思考が全力で働いているではないか。
「――それでね! って陽ちゃん? ねー聞いてる?」
「んー、わりぃ。ちょっと考え事を……ふーっ……」
今日何度目か分からない溜め息を吐いていた。月華の楽しそうな声すらも右から左へ流れてしまうような考え事とは、当然ながら式紙幸輔に貰った情報についてである。
規模の大きさ、得体の知れないとはまさにこの事だ。
奴らが組織であるならば個々の戦力よりも、総力の方が重要となってくる。陽が一人でどこまで対応可能なのか、先日の炎燈ですら力の限りを以ってして相手をしたのだ。そのような連中が群れを成している。
どのような相手かは定かではないが、完全に陽一人だけを狙って来る訳ではない、というのも証明されているし、どう動いても迷惑は掛かってしまう。被害は増え続けてしまう。
――それならば、いっそ捕まってしまった方が被害が最小限に抑えられるのでは? 自分の信念や師の教えに反する事になろうがこれこそ最大の策ではないのか?
「大丈夫? いつになく深刻そうだけど……」
「……大丈夫だ」
「そう? なら、いいけど」
わざわざ陽の前に出て顔を覗き込む月華の視線から逃れるように頭を振った。そんなはずはない、と。少なからず、自分には力がある。魔術師だって数え切れない程いるのだ。負けるはずはない。当然である。
「あ、もうここまで来てたんだね。私こっちだから……悩み事かなんかだったら、私にも言ってよ? 力になれないかもしれないけど……ううんなれない、かな? お父さんもたまにそういう顔するし」
「……助からない事もないぞ。そん時は頼む」
「えへへ……それじゃ、バイバーイ!」
笑顔で手を振りながら去っていく月華を見て、弱気になっていた自分など不要である事を理解した。小さな心の棘など無くなってしまったかのようだ。
「まったく……世話好きなんだよあいつは」
踏み出す一歩に力を込めて。
「……否応無しに戦おうじゃねえか。どんな奴でもよ」
握る両拳は決意の証。
見据える瞳は全ての先を。
射抜くような眼光に炎が宿り静かに激しく燃え盛る。
「――迷いは吹っ切れたのかい?」
ふっと背後から掛けられた冷気に振り向く事をせず、答える。知らない声だ。しかし、そこに篭っているのは剥き出しの敵意。
「悪いな。そんなもんぶった斬ってやったぜ。もう少し早ければ首くらい落とせたかもな」
それは風ではなく、氷や水といった類の冷気。撫でるような、首筋に指を這わせるような。
「そっか――なら面倒だし、その心臓ごと戴いていこうか」
「やれるもんなら……!」
陽が勢い良くビニール袋を振り回そうとした頃、背中を這うような冷気は嘘のように消え去り、いつの間にか初夏の熱気が戻っているではないか。
「チッ……逃げたか」
地面には季節外れの薄氷。それなりに温度のあるであろうアスファルトに存在しながらも溶けようとはしない。魔術的なものだろう。
それを無言のままに踏み抜き、再び歩き出す。
決意は揺るがない。何があっても。
「……卵割れてない。よし」
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