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〜龍と刀〜
揺らぐ心
「……知っている、とは?」

流れる沈黙。しかしそれは、とても短く、当然のように破られた。

「あなたの戦う理由」

「盟約の事ですか?」

「ええ。それも含めて全てよ」

髪の隙間から見える宝石のような瞳に浮かぶ物が何なのか、それは分からなかったが、胸の鼓動は速く刻まれる。

「あなたが戦う理由、それは……私のため、なのでしょう?」

「……」

「私の体が弱いから。治る事のない病に冒された私を、助け出すために」

「それは、いつから?」

呆れたように溜め息を吐く彼女は、しかしどこか優しい雰囲気を醸し出していた。先程の圧倒的な強さとは裏腹な、柔らかい何か。

「最初からよ。あなたが盟主と呼ぶ人と行動を共にするようになってから。もう、どのくらいの年月を過ごして来たと思っているのかしらね。アスラは」

「申し訳、ありません」

「ああ、それと、もう一つお願いをしようと思ってるの。拒否権は与えないからそのつもりで」

地面に足を着け、ドレスの裾を擦るようにして歩みを進める。アスラの前で止まり、目線を合わせるために膝を折ったのだ。
この動作にアスラは目を丸くしたが、特段と何かをするという訳でもなかった。

「私に出来る事ならなんなりと聞き入れます」

「だから、拒否権は無いの。実行しなきゃいけないのよ?」

アスラの両頬に手を添え、じっと瞳を覗く。

「いつ頃かしら、あなたがよそよそしく私を呼ぶようになったのは……名前で呼ばないのは初めからだったわね」

包んだ頬を、愛おしそうに撫でる。傷にも触れられるが、痛みはない。それだけ傷が治りかけているのだろう。
過去を懐かしむようにゆっくりと。

「だからせめて私とあなたの二人だけの時は、前と同じように呼んでくれないかしら?いえ、違うわね……呼びなさい」

「しかしそんな事をされては下の者たちに示しが付きません」

「固い事言わないの。これは命令よ?アスラともあろう者がまさか命令違反などという初歩的な間違いをする訳がないわよね?」

プレッシャー。その一言がまさしく相応しい。
早口で捲くし立てる彼女の手はせわしなくアスラの顔を上下に行ったり来たりしている。自分でも何を言っているのか理解しているのだろう。

「……承知、します」

「ええ、それでこそアスラよ。じゃ、早速呼んでもらおうかしら」

「今すぐにですか……?」

首肯し、アスラが動くのを待つ。

「……ま……」

「何?聞こえないわ」

あれ程強く盟約を信念として戦って来たアスラが、顔を赤くして言葉を発しているのだ。陽がこれを見たらどういう反応をするだろうか。

「っ……姉様……これで−−」

冷えた体に感じるのは仄かな温もりと、柔らかさ。

「アスラ、私の可愛い弟……もう、無理しなくて良いのよ?あなたは、あなたのために剣を振るいなさい。私は、自分の手でこの体を治すわ」

「姉様……」

キュッと背中に回された腕に力が篭もる。その決意と優しさに、アスラの立てた強固な騎士の心はほんの僅かに揺らぐのだった。

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