〜龍と刀〜
過去T 始まり
*****
−−時を遡る事、約十年。
場所は『剣凰流』道場。
「よーし。午前の分はこれで終わり!各々、昼飯の時間にしてくれ」
竹刀を二本握り込んでいた両手を解いた彼は、『剣凰流』頭首、剣 達彦(ツルギタツヒコ)である。
見た目はそこら辺に居るようなオジサンと何ら変わりないが、二刀を使わせれば右に出る物は居ないとまで云われた稀代の天才だ。
「陽、ちょっと良いかい?」
大人たちに混じって昼食を取っていた陽、当時七歳。
「どうかした師匠?」
ちゃんと箸を止め、達彦の目を見て会話に望む。
「実はなー?陽に付いて来て欲しい場所があるんだよ」
拾ってからもう少しで一年。そろそろ“外”を知っても良い頃合いだと思った達彦は、ある場所へ連れて行こうとしているのだ。
「どこ?」
「時期的に一番盛り上がっている場所、かな。ウチでもやろうとは思うんだけどね……どうもその日にばっかり仕事がねぇ」
「ふぅん……」
その頃の陽にとってはあまり嬉しくなかった。親元を離れてだいぶ経ったが、未だに大勢の人が居る所には足を踏み入れる勇気が無かったのだ。
「まあそんな訳だから、着替えて来ると良いぞ?無難なのはジャージかな?」
服装からしてそれなりに歩く事が予想された。
*****
「準備は出来たな?それじゃあ行ってくるから、時間になったら掃除して解散という事でよろしく」
威勢の良い返事を満足そうに受け止め、ゆっくりと歩き出した。こうして見ると、本当の親子のようだ。
他愛も無い会話を続けて十数分。目的地に到着した。
「ここだ。相変わらず手が凝ってるよ……」
盛大なパーティーでもしようというのか、人が沢山集まって飾り付けをしている。
ふと、陽の目に入ったのは大きな笹。そう、七夕だ。
「何してるの、この人たち?」
七夕というものがあるのは知っていたが、どういう内容なのかは全く知識として持っていなかった。
「あの笹にお願いを書いた紙をぶら下げるとお願いが叶うの」
ぼーっと笹に見とれていると、前から優しい声が。自然な動作で達彦の後ろに隠れてしまう。
「お久しぶりです琉奈さん。相変わらずお綺麗で」
「もう、そんな事言っても何も出ませんよ?それで、そちらの可愛いお子さんは?」
達彦が陽の服の襟をひっつかみ、琉奈の前に落とす。紹介のつもりなのだろうが、実は道場に居る間、まともに女性と話した事が無かった。大げさに言うと、母親以外で初めて話す女性なのだ。
「……陽。龍神 陽、です」
礼儀は習っているので、ぺこりと頭を下げる。
「それで今日はどんなご用ですか?まさかこの子を紹介しに?」
「いえ、まあそれもあるんですがね。十六夜は外に出ていないみたいですが……」
「あら、そういえば」
辺りを見回し、その人物を探すが見付からない。いつもなら先頭に立って指揮を取っているはずなのに。そう思っていると、向こうから十六夜がやって来た。丁度良いタイミングである。
「やあ、十六夜。実は君にお願いがあってだね−−」
「達彦!ちょっと来い!」
「な、何だい?いきなり?」
今度は達彦が十六夜に襟を引っ張られる形に。陽は早足で進んでいく大人二人を走って追い掛ける事にした。
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