〜龍と刀〜
『一人』の『狐』U
「唐突だけど……私にはお姉ちゃんが居たの」
「本当に唐突だな。話が見えない」
「これだけで理解出来る人が居たらビックリだわ。話、戻すね?」
スタンドタイプの照明と、僅かな月明かりだけが照らす室内。
過去に見た事をなるべく正確に伝えようと慎重に言葉を選ぶ。
「それで、その……お姉ちゃんは昔から正義感の塊みたいな人で、男の子のケンカの間に割って入っては、相手を再起不能にするまで絶対に手を止めないの」
「怖すぎだろお前の姉……」
「でしょ?そのせいで恨みを買ったって言う訳よ」
確かにそんな事を続けていれば、目を付けられるのも当然と言えば当然である。
「恨み?」
「そう。それでね、一対一で勝負しろって……要するに決闘ね。男の子が女の子によ?」
「……」
紗姫の姉に妙な親近感を覚えた陽だったが、ここは口を挟むような場面じゃない、としっかり堪えた。
「お姉ちゃんは大人の対応をして、約束の場所に行かなかったの。ただ……それが失敗だったみたいで、もっと強い恨みを買ってしまった」
「そうだな。心のどっかでは戦いたいっていう本能もある。俺だって、すっぽかされたら良くは思わないだろうな……」
売られたケンカは買う、もし自分がその立場に居たらそうするだろう。しかし、紗姫の姉は違った。どちらも傷付く事を避けるために、あえて逃げの道を選択したのだ。
「それからお姉ちゃんは男の子連中から非難の目線を浴びるようになったわ。小さかった妹の私にも分かるくらいにね……」
言う紗姫の目には暗い影が落とされている。当時の光景がまざまざと蘇ってはその色を濃くしていた。
「……ある日、とても大きくて壊すことすら難しい結界が出現したのよ」
「それって、まさか」
「ええ。お姉ちゃんがやったの。そして、自分で……自分の手で……うぅっ」
ここでやっと話が分かってきた。紗姫が怒っていた理由も、紗姫の悲しい過去も。全部が全部、自身の姉と似ていた状態に、陽が置かれていたからだ。
それは怒りこそすれば、涙も流す。分かっていて行動していたつもりなのに、それが逆に傷付ける事になってしまうなんて。
「悪かったな……ちょっと軽はずみに動き過ぎた。今度からは、ちゃんと話すよ」
月華にしてやるように、垂れた頭をガシガシと撫でてやる。話した事で更に思い出してしまったのか、嗚咽が止まらない。
「だからさ。お前も言いたい事があったら言ってくれよ。何とか出来るように努力するから……な?」
「……本当に?」
ピクリと、下がっていた狐の耳が反応する。嫌な予感がして一歩後退−−しようとしたが、紗姫の影が足を縛り付けていた。
「本当に、本当なの?」
「お、おう……俺に出来そうな事なら一応、やってやろう、とは思う……」
その言葉に顔を輝かせ、立ち上がる。向かったのは机。その上に置かれていたカバン。更にその中身。
「はい。これ」
「見えないんだが……?」
眼前に突きつけられたのは良いが、近すぎて全く見えない。ただでさえ明るいとは言い難いのに。
「……文化祭の、ライブチケット?」
「私、クラスの友達とバンドやるのよ。ちなみに私がボーカル」
「あれって入場券とか要らないだろ」
足を縛られたまま、チケットを受け取る陽。なんとなく、仕舞わずに眺めてみた。すると、ある文字を発見。
「指定席?」
「別に、龍神君じゃなくても良かったのよ?ただ……なんとなく!なんとなくだから!」
パッタパッタと揺れる尻尾。本人は気付いてないのかもしれないが、嬉しそうに左右している。
「分かったよ。行けば良いんだろ?じゃ、もう戻るぞ」
「あ、ちょっと待って……!」
影を無理矢理引き剥がし、部屋を後にしようと紗姫に背中を向けた時だ。再び呼び止められた。
「何だ?紗姫だってそろそろ寝たいだろ?」
「……」
無言で頭を垂れる紗姫。陽は訳も分からずに聞き返してしまった。
「もう少し……頭、撫でて」
面と向かって言われるとさすがに恥ずかしかったので、照れ隠しも含めて目一杯力を込める。
その下で、紗姫が笑顔だった事を陽は知らない……。
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