〜龍と刀〜
その後……
陽は家に入るのを躊躇っていた。自分の家なら普通はそんな事をする必要は無いはずだが……。
「この格好、どう説明しようかな……」
なるべく人目を避けてここまで来た。だが、陽を待ち構えていたのは最後の関門。月華と紗姫。
白銀は後で回収するので外に置いておくとしても。背中は破れている、長袖だったはずの服はアンバランスな半袖に、新品同様のジャージは古着を通り越してボロ雑巾だ。
「……」
そうこうしている内に玄関前まで来てしまった。
こうなったら物音を出さずに家の中に入り、着替えて来るしかないだろう、と自分の頭で結論を出し、戸に手を掛ける。
「そーっとだぞ……」
少しだけ開いた戸の隙間から中を見た。廊下に居る気配は無い。時間的に夕食なのだろうか、時折笑い声が聞こえてくる。
「んじゃ白銀、後で迎えに来る」
「……期待しないで待っているぞ」
ゴクリと生唾を飲む。何とか、人一人がやっと入れるくらいまで戸を開けた。これ以上開けると、確か音が鳴ってしまうから注意が必要だ。
「よしっ、侵入は成功だぞ。あとはゆっくりと階段を上って、部屋に……」
靴を脱ぎ捨て、家に上がった。まだ大丈夫。気付かれてはいない。
先程の戦闘とは全く異なる緊張感が陽を押し潰そうとする。
「階段は……八段目が危険だったは、ず?」
一段目に足を置いたその時だ。気配を感じて振り向くと、
「龍神君……」
「勘違いするなよ紗姫。これはだな……何というか、そう、前に説明した通り決闘をした訳でな?」
紗姫が後ろに立っていた。俯いているため、どんな表情なのかは分からないが、肩が小刻みに震えているから怒っているのだと陽は直感する。
「コソコソしてたのは謝る。だから、その……怒らないでくれよ」
「……ってなんか……」
「え、今……何て?」
すすり泣きが聞こえた。微かにだが、確実に。
「怒ってなんかないわよ……!ただ、私は心配だったの!急に大きな結界を感じて、気が付けば白銀さんの気配もない!」
「お、おい……紗姫?」
確かに紗姫には黙っていた。それは要らぬ心配を掛けさせないためだ。月華にも同じ理由で。
それが紗姫の中の何か(トリガー)を引いてしまったらしい。
「ぁ……ごめんなさい……忘れて」
「あんなに言われて忘れろってのも、難しい話だ。……努力はするけどな」
「ホントごめん。取り乱したわ……」
怒りが収まったのか、声のトーンもすっかり落ち着いた。
「私、ちょっと外の空気吸ってくるから。あとは、頑張ってね」
「頑張れ……って何をだ?」
長い金髪を揺らし、優しく微笑みながら戸に手を置いたのがはっきり確認出来る。この時点で、紗姫が何をしようとしたのかすぐさま理解した。
「ちょっ、やめ−−」
「それじゃ」
ガラガラガラ……音を立てて戸が開かれる。それに釣られて月華が飛び出すように居間から出て来た。
−−瞬間。
目が合った。次にその両目に涙が溜められていき、顔が真っ赤になる。
ほぼ同時、その場に正座を強いられたのだが、足の傷が痛むから無理、と拒否。
「じゃあ、手当てするからこっち!」
「待て待て。こんなの唾付けときゃ治るって」
陽の腕を引っ張り、手当てをしようとしたがそれも拒否だ。さすがに唾程度で完治するような傷では無いのは明白。
「……病院、嫌いだったよね?」
「あ、はい。すみませんでした……」
「分かれば良いんだよ〜」
軽く脅されて連行される陽が一番気になっていたのは、紗姫の尋常じゃない怒り様だ。あれは過去に何かがあった、と見るのが正解だろう。
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